スキ、キス。
スキ、キス。
二月十四日、恋する人達の一大イベント、バレンタインデー。

数日前から婚約者であるあの人に渡すためのクッキーを作る練習をしていたのだけれど、見事に炭になるわ、生地を焼いたはずが溶けてなくなっていたりと失敗を重ね、ついに前日になってしまった。

「これで全部だね」

型を抜いたクッキー生地が並べられたバッドをオーブンの中に入れ終えた彼が、私を見て微笑んだ。

「すみません、ありがとうございます……」

童話に出てくる王子様さながらの爽やかな笑顔が眩しくて、そっと目を逸らしてしまった。

上手くクッキーを作ることが出来ず、恥を偲んでバレンタインにクッキーを渡す本人に頼んでしまった。
世界的に有名な洋菓子店を統括する会社の御曹司だけあって、お菓子にかける情熱は並ではなくクッキー作りも完璧。その手際の良さに私は呆然とするしかなく、型抜きを手伝ったくらいだ。

焼き上がりを待つ間、形が歪になってしまったクッキーをつまむ。私はじんわりと口の中に広がる程よい甘さとバニラエッセンス、アーモンドの香りに頬を緩ませた。

「で、誰にあげるのかな?」
「っ、ゴホッ……」

突然振られたその言葉にむせ返る。

「まさか、オレは自分の可愛い婚約者が他の男に渡すお菓子を作るのを手伝わされてるのかな?」
「え……うぅ……」

可愛い婚約者、なんて甘い声で言われたら嫌でも頬が熱を持ってしまう。そんな私を見て、王子様は楽しそうにニコニコと笑っている。

「あ、あなたに……。い、一応……お世話になってますし……」

少しどもりながら正直に伝えると、少しの沈黙が下りた。

「……へえ」

意味深にそう笑って、彼は私の頬を指先でなぞるような仕草を見せた。
ふわりとお菓子の甘い香りがして、それに酔いそうになっていると、唇の端に湿った感触がして小さく悲鳴を上げた。

「ごちそうさま。明日、楽しみにしてるよ」

口元にクッキーの食べかすがついてしまっていたらしく、それを舐め取った御曹司様は満足げに微笑んで、じゃあオレはまだ仕事があるから、と呆然とする私を置いて出ていってしまった。

「好き、だなぁ……」

赤くなった頬を押さえて、私は一人、呟いた。


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