君の思いに届くまで
まだデスクと真ん中に長机があるだけの無味乾燥な研究室。

今はガラガラの壁際の本棚もあっという間に文献やら論文やら書物やらで埋まってしまうだろう。

新しい教授から届いた荷物は、ダンボール5つほど。

思ってたより少なめ。

整理も楽そうでよかったわ。

腰に手を当てて、重ねられたダンボールを眺めながら思う。

そうそう、まだ肝心の教授の名前見てなかった。

自分のデスクに座ると、さっき正木さんが見ていた履歴書を広げた。

と同時くらいのタイミングで手元の電話が鳴り、慌てて受話器を取った。

「はい。英文科、瑞波です」

「今英文科棟の下に今日から赴任される教授が来られてます」

「あ、はい。すぐに伺います」

私は受話器を置くと、椅子の後ろにかけてあった白いカーディガンを羽織り研究室を飛びだした。

名前くらいは確認しとけばよかった。

心の中で舌打ちをする。

大理石で出来た重厚な階段を、上ってくる学生達に挨拶しながら足早に下りていく。

下りた先の薄暗い1階のロビーに、開放された扉から明るい光が差し込んでいた。

その扉の前に明らかにいい皮で作られた年期の入った茶色いアタッシュケースが見えた。

なんかイギリスっぽい。

そのアタッシュケースの横にほぼ黒に近いグレーのスーツを着た男性が立っていた。

外を向いて立っているからその顔は見えない。

ただ、後ろ姿だけど、とても長身で足が長くて、モデルみたいな美しい姿をしていた。

彼が新しい教授なんだろうか。

「あの、」

声をかけようとして、不覚にも大理石タイルの欠けた部分につま先をひっかけてしまった。

「きゃっ!」

派手にロビーの床に転倒する。

思いきり尻餅をついて、回りの学生達が「大丈夫ですかぁ?」なんて言いながらも笑って横を通り過ぎていく。

笑うんじゃなくて助けろっての!

通り過ぎる学生達を軽く睨んだ。

その時だった。


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