君の思いに届くまで
「ヨウは思った以上に小さくて華奢で、抱きしめると壊れてしまいそうだ」

そう言いながらも、更に強く私を抱きしめる。

琉の唇が私の首に触れた。

あの時の狂おしい感情の波が押し寄せてくる。

だめだ。

まだ、琉はあの日の”琉”じゃないんだから。

私は琉の胸をそっと押して、ゆっくりとその体から離れた。

そして琉の顔を見上げて言った。

「ごめんなさい。まだ、私・・・・・・」

「いや、わかってる。俺の方こそごめん。衝動的に抱きしめてしまった」

彼の目はうつろに潤んでいた。

自分の感情だけにまかせないところは、昔から変わらない琉の大人なところ。

私がいつになっても手が届かない場所だった。

あの時よりも、その場所はもっと遠く感じる。

「先にお風呂使ってくれていいから。俺はしばらく来月提出予定の論文を書かないといけないから」

「はい。じゃお風呂お先にお借りします」

「うん。明日の動物園楽しみにしているよ。おやすみ」

琉はそう言うと、リビングからゆっくりと出て行った。

リビングの扉が閉まる音がする。

私は扉に向かって静かにつぶやく。

「琉、おやすみなさい」

琉って呼べたら、どんなにか心が楽になるんだろう。

頬をつたう涙を手のひらで拭い、自分の部屋へ向かった。

琉の部屋の扉だろうか。

バタン

と扉の閉まる音が廊下を抜けて聞こえてきた。

寂しい。

こんなにそばにいるのに。

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