セルロイド・ラヴァ‘S
連れて来られたのはイタリアンのダイニングバー。・・・食事に誘われるとだいたい最初はイタリアンの確率が高い。定番だ。だからって訳でもなかったけれど、一応スカートにしておいて正解。ジーンズだったら場にそぐわなかった。でも羽鳥さんなら、恰好に合わせて行き先をシフトするぐらいはしそうな気もした。

「吉井さん、お酒強そうに見えるけどね?」

私は甘めのカクテル、彼はもちろんノンアルコールで。生ハムのサラダを取り分けてくれながら視線を傾げられる。

「よく言われるんですけどカクテル2杯ぐらいが限界です」

小さく笑い返して言った。実は飲むとすぐに眠くなるし、昔、酔いが回って歩くのがやっとって状態に陥り、友人達に迷惑かけた前歴がある。あれ以来、自分でセーブして飲まないようにしているのだ。

「羽鳥さんは強いでしょう?」

「まあね。仕事の付き合いで強くなった」

店内はテーブル席が満席で、カウンターで隣り合わせの席。向こう側のバーテンダーがシェイカーを振っている姿が目に映る。

「この店ね実はティラミスが一番のおススメなんだよ。好き?」

「スィーツはなんでも好きです」 

「良かった」

爽やかに笑う横顔は端正だと思うし、愁一さんとはまた違う雰囲気だ。普通にモテるタイプには違いない。手近が理由じゃないとは言われたけど、同じ職場のリスクを負うほどの価値が自分にあるとは思わない。半分は真に受けて無かった。

羽鳥さんは相変わらず押しつけがましくなく、自分の情報を与えながら私を探る。

「俺も吉井さんも結婚経験者だろ? だからこそさ、お互いに色んな加減てのが分かると思うんだよ。尊重するとことか協力するとことか、折り合いつけるとことか、そういうのの基盤が出来てるっていうかさ。・・・もちろん吉井さんを好きだって大前提でだから、他の誰とでもそうなれるなんて思ってない」

こっちに向いた眼差しは真剣そのものだった。

「俺とじゃ駄目かな?本気で結婚も考えて欲しいんだけど」
 
頭に愁一さんのことが浮かんだ。まだ始まったばかり。白紙の未来。確かなものは何ひとつ。羽鳥さんは地に足をつけて私との将来を描こうとする。

女は感情で出来たイキモノだ。でも年齢を重ねれば理性で『現実』を計算できるイキモノ。狡いイキモノ。

私は視線を外してカシスオレンジを一口飲んだ。すぐに答えなかった理由を彼はどう見抜くだろうか。ふとそんな事が過ぎるくらいには・・・冷静だった。
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