セルロイド・ラヴァ‘S
「・・・・・・すみません。今日はお断りしようと思って来ました」

私はスツールに腰掛けたまま羽鳥さんの方に少し向き直り、小さく頭を下げた。

視線を俯かせ彼の反応を待つ。少なくても人目のある場所だから激昂されはしないだろう。最悪愁一さんに迎えに来てもらう選択肢もある。間があり溜め息を吐かれた。

「・・・だろうと思ってた」

最後は苦笑いの気配がして、おずおずと私は彼を見やる。
羽鳥さんは一息にグラスを空けると横目で口角を上げた。

「昨日、歳上っぽい彼氏と一緒だったろ?ショッピングセンターでさ。ほんと偶然、俺もいた。だからあのタイミングで電話したんだって」

目を見張る。・・・どうりで。車に乗り込んだ途端かかってきた電話。まさか見られてたなんて思いもしなかった。

「あれって彼氏?」

問われて言葉を探す。恋人。彼氏。・・・・・・おおよそ合ってるのだろうけど、胸を張って堂々と言うには躊躇いがあった。

「・・・・・・そういう立ち位置にあるとは思ってますけど」

曖昧な表現。彼が怪訝そうに顔を向ける。

「らしくない言い方だね」

「・・・まだ日が浅いので色々とこれから・・・というか」

歯切れが悪いのは承知だけど嘘じゃないんだから。

「つまり先が見えてない?」

さらっと核心を突いてくるのが羽鳥さんの怖さ。このひとの洞察力と観察眼は伊達じゃない。他の人との営業力の違いはこれも大きいって思う。

押し黙った私に冷めた口調が言い被さった。

「断るつもりだったんなら、俺とそっちを天秤にかけるつもりは無いってことか。・・・吉井さんらしいな」

「・・・・・・・・・・・・」

「ダメになるのを待つほど俺も暇じゃないから待たないよ。吉井さんの気が変わる頃にはたぶん俺の気も変わってるから、悪しからず」

クスリと彼から悪気のない笑みが零れた。こういう割り切りの速さには正直、掬われる。今どきは逆恨みだって洒落にならない時代だから。

「この話はじゃあこれでナシ。でもたまには飯ぐらい付き合ってくれると助かる。寂しい独りモンの先輩が可哀そうって思うだろ?」

「・・・たまにならいいですよ」

「吉井さんのそういうとこ俺、好き」

一瞬ぶつかった視線。男の本能を覗かせて冗談に見せかけた最後の告白。ほんのちょっと。女の本能も揺らされたけれど。
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