セルロイド・ラヴァ‘S
「おかえり」

愁一さんはふわりと微笑んで、いつもより遅くなった私を迎えてくれた。

「ごめんなさい契約が長引いちゃって・・・。それで羽鳥さんにご飯に誘われたから」

「分かってる。・・・珈琲淹れるから座ってて」

スラックスの上に白シャツの裾をオープンにした、ラフな格好で愁一さんがキッチンに向かう。着崩してても様になっていて相変わらず目を奪われてしまう。立ち姿も所作も自然体なのに流れるように綺麗で。見慣れる日が来るのかとも思う。

脱いだコートを畳んでバッグと一緒にテーブルの脇に置き、ソファに腰掛ける。流れていたテレビ番組はニュースのようだった。戻った愁一さんは両手に持っていたカップをテーブルの上に置くと、隣りに座って私を引き寄せ待っていたようにキスを繋げた。

・・・さっきの羽鳥さんのキスは。乱暴じゃなかったけれどどこか有無を言わせなかった。与えるのでなく奪おうとするキス。彼らしい。

愁一さんの舌が柔らかに口の中を掻き回す。舌先をなぞられると弱くて、堪えようと躰に力が籠る。そうすると更に翻弄される。そのまま倒されて私は彼の首に腕を回し、貪るようなキスを受け止め続けた。

やがて嵐みたいな昂りが鎮まってきて静かに愁一さんが離れた。深く目が合ったあと淡く笑んだ彼が私をやんわりと引き起こす。

「・・・珈琲が冷めちゃうからね。今はここまで」

たぶん今夜は帰してもらえない。最近は気配で分かるようになった。明後日は休みだから今日が泊りになっても明日一日を乗り切ればどうにかなるだろう。

事故みたいな羽鳥さんとのキスで動揺するほど子供じゃない。嘘を吐く気もない。ただ真実(ほんとう)のことを隠すか隠さないか。・・・・・・それだけのこと。
< 42 / 92 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop