セルロイド・ラヴァ‘S
僕の睦月。やけに耳に残った。半ば呆然と愁一さんを凝視してしまう。挨拶って。このタイミングで?

胸がざわつく。あのキスを彼は知らない。云わなかったのは自分の中で無かったことにするつもりで。確かに羽鳥さんを好きだと思う部分を否定はしない。でも愁一さんを引き換えに出来るほどの想いじゃない。だから・・・!

胸の内で大きく息を逃す。

必要がないと笑って突っぱねても愁一さんは納得して見せるだろう。それはきっと二人の間に見えない溝を作る。取り繕った偽物の橋を渡されてその上を行き来してるのを後になって気付くなんて、もう沢山だ。失くすならいっそ早くていい。永遠なんて・・・在りはしないんだから。

「・・・・・・分かった。確認してライン入れるね」

 微かに笑った私を愁一さんは深く見つめた後。

「気を付けて行っておいで」

空気を塗り替えるようにふわりと笑んだ。

行ってきます、とそのまま行こうとしたのをちゃんと引き留めて、いつもと同じようにキスを交わす。
 
「・・・愛しているよ睦月」

離れた彼の唇がそう言葉を形どった時。初めて言われたことが切なかったか哀しかったのか。・・・よく分からなかった。




< 44 / 92 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop