あなたを知りたくて
『すみません。今日は無理です。仕事で帰りが遅くなります』
 当日の夕方、岬さんからそんなメッセージが届いた。
 それでも私の決心は揺るがなかった。


 マンションの部屋の前で待っていた私を見て、岬さんも度肝を抜かれたみたい。

「すみません。今日は無理です。会わずにいるの我慢できなくて、会いにきました」

 私は悪戯っぽく笑いながら岬さんのメッセージを少しパクった。
 岬さんはまだ動けずにいる。可哀想に。

「帰りが遅くなるとは聞いたけど、帰らないとは言ってないし、待っていれば会えるかなーって」

 それでチョコなんだけど、と私は包みを渡そうとした。けれどできなかった。
 岬さんが私を抱きしめていた。


「あんまりかわいいこと、しないで」

「岬さん……」

「我慢してたのは僕のほう。大事にしたくて。なのにこんな……純子さんのこと、帰したくなくなるじゃないですか」
 初めて名前を呼んでもらえた。

なのに、
「む……」
「む?」
「胸板が厚い。想像よりも」
 私の口から出たのは全く違うことだった。

「想像と実物は違いますよ。ほら」

 なんのこと、と顔をあげたところにやってきたのは濃厚なキス。
 不意にもたらされた口づけは甘美で、刺激が強すぎて、くらくらしながらも私は必死に受けとめた。
 唇が離れてからもぼうっとして、終わってしまったのが残念なくらい。

「一晩中かけて僕を知ればいい。僕も知りたい。純子さんのことをもっと」

 耳元に囁きを寄せられ、一気に顔に血が集まる。
 私はもう頷くだけでよかった。
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