カップラーメンとチョコレイト

二月十四日、午後11時14分。
水曜日のこの時間帯のテレビはろくなもんが無いな、と心の中だけでため息をつき、紗希子は医局のテレビをぶちんと消した。
ちょうど3分経ったので、待ってましたとばかりにカップラーメンを引き寄せた。ずずずっと麺をつゆと共に吸い込むと、アツアツのシーフードヌードルがペコペコのお腹に染み渡る。
「うんまぁい!」
「……ほんとお前色気ねぇなあ」
「ごほっ、た、橘っ」
心臓に悪い。医局には自分しかいないと思っていた。
「悪かったね、色気無くて。それより何?当直今日私だけだと思ってたけど」
「論文書いてたら美味そうな匂いがしたから。ほら、寄越せ」
「やだー!これ私の唯一の楽しみなのにっ」
魔の手から愛しのラーメンを死守するため、苦し紛れに机の上にあった誰かのお土産のチョコをぽいと橘に投げる。
「代わりにこれでも食べててよ」
ハッピーバレンタイン、と紗希子が笑うと。何故か橘は黙る。
「……お前からのは?」
ようやっと口にしたのはそんな台詞で、紗希子は首を傾げる。
「看護師さん達から沢山もらったんじゃないの」
医者はモテる。勿論目の前の橘も例外ではない。
「……お前さ、いい加減お前が当直の日は必ず俺も医局に居るって気付かないのかよ」
くしゃ、と前髪を掻いて橘が顔を伏せた。
「え……そうなの?」
「そうだよ!」
苛ついたように橘は紗希子を睨んで。そうして紗希子の座っていたソファに身体ごと乗っかる。
「お前を襲うためだって、なんで気付かないんだよ、このアホ」
そう言って覆いかぶさって来る橘の背中の向こう側にカップラーメンが見えた。
伸びるなあとぼんやり思いながら、それでも目の前に迫る橘の瞳に映る自分がさっきとは打って変わって色っぽく見えてしまって、恥ずかしさに目を閉じる。
……唇に熱が触れる。
「……シーフード味」
萎えたように呟く橘を今度は紗希子が睨んだ。
「勝手にキスしてきたの橘のくせに、文句言うの」
「……いや」
嬉しい、と呟く唇が、いつになく幸せそうに綻んで。
紗希子も思わず頰が緩む。
「じゃあ口直し、する?」
「は?」
そっとバッグからあげようと思って勇気が出なかったソレを取り出す。
「別に、作ってきてないとは言ってないからね」
そうして今度こそ、ハッピーバレンタインと共に愛を告げて微笑んだ。驚いた橘は今日イチで間抜けな顔をしていた。

fin.
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