私の愛しいポリアンナ


『タガワタツヤさんのご友人ですか?』

「いや、知り合いなんだ」

生気のない声が電話口から聞こえる。
施設勤めの辛さを濃縮したような声だった。
秋はその声を聞きながら、タツヤの名字はタガワだったのだな、と思った。

『タガワさんのご親戚、誰かご存知ありませんか?』

「すまない、知らないんだ。ただ、差し支えなければ彼の経過を教えてもらいたくて電話した」

『では、一度施設にお越し頂いてもよろしいでしょうか。彼の視力の回復は難しいとの診断がおりました。ですので盲の専門家を呼んで、これからの彼の支援について話し合いの場が設けられる予定です』

秋は一拍、息を飲んだ。
電話越しの言葉が頭を巡る。
視力の回復は難しい。つまり、タツヤは失明したのだろう。
もしくは、完全な失明ではないまでも、それに近い状態になったのだ。
鹿川の街で、歯が溶け焦点の合わない目で笑っていたタツヤを思い出す。
完全なる麻薬中毒者だった。
十中八九、薬物の影響だろう。

覚せい剤の体への影響には脳、肺、胃の破壊の他に視神経の異常や眼底出血による失明があったことを秋は記憶の隅から引き出した。
タツヤが失明。タツヤのこれからについて話し合い。
どうする。
みのりに知らせるべきか。
秋は逡巡した。
しかし耳元の声は待ってはくれない。

『また、彼には統合失調症の症状も見れらます。正直言って監視が必要です。先月二度ほど部屋の窓から自殺を試みる、リハビリルームで暴れるなどの問題を起こしています』

かつてみのりが言っていたことが頭の中を巡った。
「タツヤはどんなことがあってもニコニコ笑ってて、ポジティブで、物事の良い面しか見ないポリアンナ」
もはや彼は、みのりの知るタツヤではないだろう。
環境が変わり、「まともな」施設に入れられ、タツヤは気付いてしまった。
まともじゃない自分たちが居られる場所はもう無くなってしまったことに。


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