不埒な先生のいびつな溺愛
「久遠先生の作品はさ、内容はよくある話なのに、読むと幻想的ですごく良いよね。去年の講評にも書いたけど、今の若者にはああいうのが流行ると思うんだよ」

「はあ、そうですか」

先生ったらありがとうございますくらい言ったらいいのに。このままじゃ私の心臓に悪い。

「久遠先生って、三木先生の本をいつも読んでらっしゃるんですよ」

「え、そうなの?」

「本当ですよ。久遠先生のお部屋に全シリーズ揃ってました。ね?先生」

「……そうすね。読みました」

「本当かい?いやはや、光栄だねえ」

三木先生の本を集めているというわけではなく、久遠先生の書斎は色々な本で溢れている。書斎は先生自身が気に入っている場所だ。

私もそこに自由に出入りができる。たまに先生の執筆の様子を見に来たついでに、そこで本を読ませてもらうこともできる。

私にとってそれは、会社や図書館で本を読むこととはまったく違うことだった。

図書館や書店では大量の本から私が選びとるわけだけど、先生の書斎は、先生が選んだ先生だけの図書館だ。そこから一冊手に取って読むことは、先生の中に深く入り込んでいける気がした。

「それでは、少し回ってきます。三木先生、今日は本当にありがとうございます」

「うん。美和子ちゃんも、健康第一で頑張ってね」

三木先生がぱたぱたと手を振ったので、私はペコリと会釈をしてそれに応えた。
久遠先生はもちろん会釈などせず、さっさと踵を返して三木先生に背を向けていた。
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