不埒な先生のいびつな溺愛
“久遠くん”という言葉に、目の前の背中はピクリと反応した。

動かなくなってから、久遠くんはゆっくりと振り向いて、正面から私の目を見た。

「…………美和、子」

先生はかすかな声で呟いた。

彼は今にも泣いてしまいそうなのに、その目は私の瞳の奥ばかりを覗き込んでいた。
私を探していた。
あの頃の私たちに戻りたかったのは、きっと私だけじゃない。

お互いがお互いを必要としていたあの頃の思い出は、久遠くんにとっても嘘なんかじゃなかったはずだ。

「久遠くん。泣いても大丈夫だよ。もう、私たちしかいないから」

久遠くんは体を震わせて、そしてその震えた両手で私の二の腕を掴んだ。

その手に力を入れて、私の腕を引き寄せて、私の体をがっしりと抱き締めながら、顔は私の肩に潜り込ませた。

「久遠くん」

「美和子っ……」

「うん、久遠くん。ごめんね」

「美和子、美和子っ、会いたかった、もう何年も、ずっとお前に、会いたかったっ……」

先生は関を切ったように、私の肩にもたれて泣いていた。
< 89 / 139 >

この作品をシェア

pagetop