バレンタインの生贄
バレンタインの生贄
 勤務時間はとうに過ぎ、社内に残っている人も殆どいない。節電で照明も落とされて薄暗い中、歩きながら両手にグッと力を込めた。

 私は、確かめたかったんだ。

 着いた秘書室のドアの隙間から、明かりが漏れていた。それはまだ彼がこの部屋にいるという証し。私は大きく深呼吸をすると、その扉を開けた。

 部屋の中には、熱心にPCに向かっている隼人の姿。彼は私に気が付くと少し驚いた顔をした。

「なんだ、美花か。どうした、こんな時間に」

「隼人……」

 彼は立ち上がり、私の傍まで来てくれた。

 私と隼人は所謂幼馴染み。物心付いた頃から既に、親同士が結婚を決めていたフィアンセでもある。隼人の父親はこの会社の社長で、彼はその下で次期社長の勉強兼秘書として働いていた。私も、花嫁修業と称してこの隼人の会社の受け付けとして勤めている。

 隼人がフィアンセである事に不満なんて無い。だけど……

「一体、何の用なんだ。明日でも良い事なら、もう時間も遅いから帰った方がいい」

「ううん、今日じゃなきゃダメなの」

 私の頑なな返事に、隼人は眉を顰めた。

「何があるんだ?」

「今日はバレンタインだよ」

 その答えに彼は、今度は大きなため息を吐いた。
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