帰り道はスキップ
性格美人の北川さん

社内で評判の性格美人(見た目だってそこそこ可愛い)の北川さんには、片思いしている男がいるらしい。

どうやら、相手は大企業の御曹司らしいとか、相手の身分を考えて身を引いたとか、それでも忘れられなくて誰からの誘いにも乗らないとか。
社内では時折そんな噂が囁かれていた。

だから、完全に油断していたのだ。
まさか彼女の“本命”が自分だったとは───


「えーっと、ここですか?」
「そう、ここ。適当に座って」

彼女は少し戸惑いながらも公園のベンチに腰掛けた。俺は隣に座り、持参した紙袋から、赤い小ぶりな弁当箱を取り出して彼女に差し出す。

「えっ、これ…」
「弁当。口に合わないかもしれないけど、俺の手作りだから」

あんぐりと口を開ける彼女に、手短に説明する。

「この前の、お返し。弁当箱も新品だから、食べ終わったら貰って」

ホワイトデーに、彼女をランチに誘った。
夜に食事に誘えば、変に期待させる。
そう思って、あえて俺の“いつもの”ランチに誘ったのだ。
とはいえ、彼女もさすがに連れてこられるのが、公園のベンチだとは思っていなかっただろう。

「お弁当、まさかずっと…」

戸惑いながらも弁当箱の蓋を開けて、丁寧に詰められたおかずを前に彼女は目を見張った。

「そう、ずっと自分で作ってた。愛妻弁当じゃなくてね」

毎日彩りのよい弁当を会社に持参し、“家庭の都合”で時折有休を消化するだけで、人は勝手にあらぬ噂を立てる。
妻とは結婚期間の半分は別居していたし、一度も弁当を作ってもらったことはない。さらには、長く続いた離婚の話し合いで何度か仕事の休みを取らざるをえなかった。
離婚してからは、噂に一層拍車がかかった。それをいちいち耳にするのも阿呆らしくて、昼休みには外へ出て弁当を食べるようになった。天気のいい日はだいたいこの公園のベンチが定位置だ。

「いただきます」

驚いたまま暫く固まっていた彼女だけど、食欲には抗えなかったのか、律義に手を合わせてから、弁当に箸を運ぶ。

「…美味しい」

彼女の口からポロリと出た言葉に、思わず頬が緩む。
自分が作ったものを褒められるのは、いくつになっても嬉しいものだ。
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