淡雪
「それが、そうとも言い切れんのだ。ちょいと奈緒の様子がおかしい。あっさり引き下がるとも思えん」

 初めは普通の可愛らしくしっかりした娘だ、というだけだった。
 それがここ最近、鬼女のように見えることがある。

 気になるのは、それがいつもではなく、ふとした瞬間に出ることだ。
 揚羽を襲ったりしたのは、望んでやったことではないのかもしれない。

「そもそも黒坂様は、あの娘とどこで知り合ったんです?」

 どうも奈緒を完全に悪者と思いたくないところがある黒坂の思考を、音羽が現実に引き戻した。
 我に返って音羽を見れば、少し棘を含んだ視線とぶつかる。

「どこで会ったんだったかな。……ああ、稲荷神社か」

「おや、わちきとの繋ぎの場所で、他の女子に声をかけていたのですか」

「違-よ。あいつが無頼浪人に絡まれてたんだよ。さすがにそれは、放っておけねぇだろ」

「ま、ちょいと見目良い子ですからねぇ。ふーん、じゃあそのときに惚れられたってことですか」

「どうだろう。そんな風もなかったがなぁ。大体あいつにゃ、れっきとした許嫁がいるんだぞ」

 黒坂には、奈緒の気持ちはわからない。
 特に何を言われたわけでもないし、さほど構った記憶もない。

 奈緒自身も、揚羽を攫ったり音羽を脅したりするほど、黒坂を想っているのだろうか?
 あれは本当に、恋慕の情だけの行動なのだろうか。

「思い詰めたら恐ろしいですわよ。それはそうと、後の始末を、どうつけるおつもりですか?」

「うーん……。とりあえず、話をするしかねぇだろう」

「気を付けてくださいね。もしかしたら、黒坂様が一番危ないかもしれないんですから」

 そう言って身を寄せる音羽を、黒坂は抱き寄せた。

「小槌屋がな、揚羽はまるで俺の子だとか言ってたな」

 ふと思い出し、黒坂が言うと、音羽は顔を上げ、少し笑った。

「揚羽はあまり誰にも心を開かない子だけど、黒坂様には何か懐いてますものね」
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