淡雪
「送っていこう」

 黒坂が立ち上がるが、小槌屋がそれを制した。

「旦那はやめておいたほうがいいでしょう。昨日の今日だ。旦那のことを覚えている奴がいるかもしれません。しばらく花街には近付かないほうがいいでしょうな。見世に表から行く分にゃ、別に間夫だろうと構わないでしょうがねぇ」

 外で花魁と会っているなど掟破りだ。
 会所の連中にばれたら、ただでは済まない。

「奈緒様は捕まったし、襲われる心配もないでしょう」

 小槌屋の言葉に、ようやく黒坂は奈緒のことを思い出した。
 そういえば、会所連中に連れて行かれたが、その後どうなったのだろう。

「こちらに来る前に、ちらっと会所を覗いてみたんですがね。静かなもんでしたよ。まぁ朝一だったからかもしれませんが」

 五平も思い出したように、口を開いた。

「番所に突き出したんだろうか」

「いや、奴らは街の中で起こったことは、中で済まそうとする。花街は特殊な地域ですからね、お上も口は出せません」

 花街には花街の法がある。
 もちろん公的なものではないが、役人も花街の中のことには目を瞑る。
 故に夕べのような騒ぎがあっても、外にはなかなか聞こえないのだ。

「会所連中に裁かれるのは、ちょっと心配だな。花魁を傷付けたってのは、奴らからすると、かなりの重罪だ」

 黒坂が渋い顔になる。
 小槌屋は何でもないように、ひらひらと手を振った。

「会所連中が奈緒様を死罪にしてくれれば、憂いはすっかりなくなるではないですか。今後付け狙われる心配もなし」

「いいのかよ。奈緒は客だろう?」

「奈緒様の分は、伊田様から回収しました。お父上は客ですが、お嬢様は最早客ではありませんよ」

 客でないならどうだっていい。
 回収するものはしたのだし、もう奈緒に用はないのだ。
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