淡雪
 それから二日後、奈緒は薫と連れ立って花街へ赴いた。
 思ったより人通りは多くない。
 もっとも昼過ぎという時刻なので、花街が一番静かな時間ではあるのだが。

「梅ももう終わりだから、花見客も、そういないね」

 特殊な街並みを、薫と二人、ぶらぶらと歩く。
 詳しそうだった薫も、そう頻繁に来ているわけではないのだろう。
 きょろきょろと楽しそうに辺りを見回している。

「花魁道中、やってないのかな」

 奈緒が言うと、薫は途端に吹き出した。

「何言ってるの。道中があるのは、早くて夕方よ。あれは殿方のお呼びを受けて、花魁が置屋から旦那の待つ揚屋へ向かうんだから。花街が動き出してからの話ね。こんな真昼間にそんなもの、やってるわけないよ」

「そ、そうなんだ……」

 考えてみれば当たり前である。
 道中であれば、どこの誰、とわかるはずだ。
 だから音羽のことも、すぐにわかるだろうと思ったのだが。

「でも折角だから、花魁見てみたいよね」

「うん……。音羽ってどんな人なんだろう」

「あらっ! よく知ってるね。いくら有名でも、奈緒さんは知らないと思ってた」

 口からこぼれた名に、薫が反応した。
 だがこういう場所に疎い奈緒が知っていてもおかしくないほど、音羽というのは有名らしい。
 さほど不思議がることもなく、薫は、つい、と街の奥を指した。

「有名よね、音羽って。ほら、あそこに見える、他に比べたら小さいけど立派なお見世。あれが音羽がいる招き屋よ」

 薫の指の先には、それなりに立派な建物がある。

「あそこに……」

 黒坂の心を捕らえて離さない女子がいる。
 じわ、と心の奥底から、得体の知れない感情が沁み出して、ふらりと奈緒は足を踏み出した。
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