淡雪
「そうだな。稲荷神社までは普通に買い物をしていたはずだ。そこからだな」

 黒坂も頷いた。
 二人は前に、奈緒が音羽と安宿で会ったことを知らない。
 なので、奈緒が揚羽に会うとすれば、稲荷神社だとしか思わなかった。

「しかし、やけに周りを気にしているな。何か、他にも不穏な空気があるのかい」

 黒坂が奈緒の目を気にするのは、奈緒自身から揚羽の髪を受け取ったことから当然なのだが、音羽や五平は、そこまでわからないはずだ。
 そもそも奈緒と黒坂の関係など知らないだろう。
 だが五平は、少し首を傾げながら言った。

「あっしにはよくわかりませんが、花魁が、気を付けるよう言ってたんです。小槌屋さんに行くだけならともかく、黒坂様と一緒のところを見られないようにって。あと、あっしがあんまり招き屋の者だと周りにわからないように、とも言ってました」

「音羽が言ったのか?」

「あっしが揚羽の代わりになった、と思われたら、あっしが危ない、と言いまして」

「何だって?」

 奈緒の様子から、揚羽を攫ったのは黒坂と音羽の連絡を絶とうとしたからだとわかる。
 だがそれは、奈緒自身がそう黒坂に言ったからだ。
 何故音羽までが、それを知っているのだろう。

「五平、もしかして、音羽に女が訪ねてこなかったか?」

 黒坂が問うと、五平はすぐに首を振った。

「いいえ、そのようなことは。……あ、前に何だか揚羽が迷惑をかけたとかで、女子が二人、見世先にいたことはありますが。でもそれも、別に花魁を訪ねてってわけじゃありませんし」

 そういえば、その出来事は奈緒から聞いた。
 が、それと今回のことは関係ないだろう。

「けど、そんときに揚羽と音羽の関係が割れたんかな。揚羽の面も割れたわけか」

 以前黒坂が稲荷神社で揚羽と会った直後に奈緒が現れた。
 花街で揚羽が奈緒に突き当たったときに、そのときの子供だと気付いたとしたら、そこから揚羽が黒坂と音羽の繋ぎ役だと推測してもおかしくない。
 黒坂と音羽の関係は小槌屋から聞いていたのだし、合点がいくだろう。

「あの、黒坂様は、あのときの女子と知り合いで?」

「ああ。小槌屋の客ってだけだけどな」

 黒坂が言うと、五平はまた少し首を傾げた。
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