甘さは控えめで
甘さは控えめで
バレンタインデーの今日、私は卒論を担当してくれた白石助教に会いに来た。
約束の午後四時。研究室のドアをノックする。


「失礼します」

「ああ、岡田か。ーーもう四時か?」

「そうですよ。先生、また狂ったように仕事してたんですか?」

「相変わらずひと言余計だな」


苦笑した白石先生に促されるまま、部屋の中の椅子へ座った。


「で、今日はどうしたんだ? ーーまさかとは思うが、卒論を突き返されたとかじゃないよな?」

「恐ろしい冗談はやめてください! ちゃんと受理されましたから」

「そうか」


私が必死に否定していることが面白いのか、目だけが笑っている。


「今日は、卒論指導のお礼にお菓子を持ってきたんです。先生、本当に休憩してくださいね。あんまり根詰めると倒れちゃいますよ?」


心臓は早鐘を打っていたけれど、何食わぬ顔を作って鞄から箱を取り出した。何度も練習した、チョコレートケーキだ。


「岡田も食べていけよ」


渡したら帰ろうと思っていたのに、予期せぬ展開になってしまった。


「はい」

「ありがとうございます……」


ゼミと同じようにコーヒーをいれてくれる。
先生は今年度赴任したばかりで学生が寄り付かず、ゼミ生は私ひとりだけだった。一対一の授業は緊張したけれど、クールな先生の内に秘めた熱さを知り、徐々に惹かれていったのだ。


「あま……これ砂糖入り過ぎだな」


顔をしかめてぺろりと唇を舐める彼の仕草を見てしまい、慌てて目を逸らす。


「そ、そんなことないですよ。ちゃんとレシピ通りに作りましたし」

「……これ、岡田の手作り?」

「そうです、けど」


しまった。
気を紛らわそうと余計なことを言ってしまった。
変な空気になり、私はひたすら視線を彷徨わせる。


「バレンタインに手作りだなんて……岡田、俺のこと好きなのか?」


からかうような声なのに。
意思の強い瞳に見つめられて、私は思わず頷いていた。


「……はい。私、先生のことが好きです」


言うつもりなんて、なかったのに。

少しして静寂を破ったのは、普段の会話と変わらない声色。


「なら、食べ物の好みくらい把握してもらわないと困るな」

「え?」


顔を上げると、少し細められた目が優しく視線を合わせてくる。


「ごちそうさま。……来年は、甘さ控えめでよろしく」
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