キライ、じゃないよ。
「……着いたよ。ここが樫くんの会社」


樫がいつか教えてくれた飲料メーカーの支社だった。目の前に大きな駐車場がある。


「あ、あの……っ、八田くん」

「なに?」

「あ、ありがとう。それから……話、すぐに聞かなくてごめんなさい。私、」

「……謝らなくていいんだ」

「え?」

「あの日、本当は皐月さんが起きて帰ってしまう前には目が覚めてたんだ。あの状況に驚いて……でも、すぐには動けなかった。田淵の家じゃなくて、俺の家だったら。もしかしたら俺だって原川や田淵みたいに卑怯な手を使ったかもしれない。だから、皐月さんは謝らずに、俺に引け目とか同情とかそんなの持たずに、堂々としてて。樫のところに行っていいんだ」

「八田くん……」

「今、ここでキッパリ俺のこと振ってくれない?未練残さず済むようにさ」


真っ直ぐ私を見てそう言う八田くんを前に、私は息をのんで彼を見つめた。

私の事をずっと好きだったと言ってくれて、私の想いを知って背中を押してくれて、そんな八田くんの優しさに甘えていたばかりの私を、彼は……。


「私は、昔も今も……樫だけが好きなの」


ごめん、と言うのは違う気がした。

敢えて言うなら感謝の言葉しかないと思う。


「うん。分かった。嫌な思いさせてごめんな?ホラ、早く行って」

「八田くん、送ってくれてありがとう」


車から降りて、早々に去っていく八田くんの車を見送った後、私は真っ直ぐに歩き始めた。

駐車場を抜け、会社の正面玄関に近付き、同時に偶然見つけた樫の車に気づきそちらに向かった。

樫、車にいるの?

足を早めて樫の車に近づいた。





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