キライ、じゃないよ。
「期待させるの?」

「え、」


開口一番、落とされた香の言葉に吐息のように溢れた声。


「好きだって言われたんでしょ?そんな相手からの誘いに応じるってことは、思いに応える気があるのか……キープにでもするつもりか、鈍感な無神経女なのか……」


容赦のない香の言葉の羅列に、飲みかけの缶ビールを持ったまま立ち上がった。

仕事帰りにコンビニでお酒やおつまみを買って香のアパートに押しかけた私は、目の前で2本目の缶ビールを飲み干した香の不機嫌な目に晒されていた。


「違うよ!どれも、違う。私は、ただ……」

「ただ、誘いを断るのが申し訳ないからっていうイイコちゃんの思考が働いたわけだ」

「……イイコちゃんって……」


その言葉が多分1番近いと、自分でも思ったから、声は自然と小さくなる。

相変わらず香は厳しくて、んでもって正しい。

だから、優柔不断で八方美人な私は、香がいないとダメなんだ。


「何やってんのよ。アンタが今動く先は、八田じゃない。樫くんでしょう」


樫の名前が出てきて、ウッと言葉が詰まる。

確かに会いたいのは、八田くんじゃない。

樫……だけ。

だけど樫は私の事なんて見てない。

あの頃、他の誰よりも私が1番樫に近かったと思っていた。

香と仲の良かった私が、山近くんと仲の良かった樫と、自然とツーショットになることが多かったから。

樫も私も、お互いに居心地が良すぎて他の誰かを必要としなかったから。

近すぎて、楽チンすぎて、楽しすぎて、幸せすぎて、それが好きだって気持ちを生んだんだって事に気付かなかった。

恋愛に疎いこどもだったから……。

育んでいくはずの恋心は、ある日突然、呆気なく壊れた。


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