いつか恋とか愛にかわったとしてもー前篇ー

「好き」の種

エクセルガードの2人は車で、強はタクシーで、それぞれの職場に慌てて帰っていった。
勇と勝子と高木さんはJRの駅まで一緒に歩きホームに上がった。
ラッシュアワーにはまだ早い時間なのにホームは人であふれている。
髙木さんが乗る方向の電車が先にホームに滑り込み、「じゃあ、また明日」と短い挨拶をかわして別れた。
勇と勝子は家が近く、降りる駅も同じだ。
すぐに勝子と勇が乗る電車もやってきて、2人は電車に乗り込んだ。というよりは押し込まれた状態で、ドア付近の場所を確保したかったが、前後左右ほぼ中ほどの中途半端な場所まで流されてしまった。
シートの前でつり革を掴んで立つ人たちの間に挟まれ、勝子と勇は向かい合わせの形で立った。
電車がゆっくりと走り出し、徐々にスピードを上げていく。
今日のこの電車は運転士が新米なのか、それとも単に運転が雑なのか、やけに揺れる。
床を踏みしめ踏ん張っていた勝子だが、急な揺れに体が勇のほうにつんのめった。
とっさに勝子の身体を抱き留めた勇は、本当はそのままでもよかった、というかそのままでいたかったのだけど、勝子は「ごめん」と、そっけなく体をもとに戻した。
強のようには行かないな――至近距離にいても縮まらない距離を感じながら、勇は「掴まってろよ」と自分の腕を目で指した。
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