甘い脅迫生活
誰も話そうとはしなかった。
婚姻届けですけど何か?とばかりにただ肯定してみせた社長を前に、二の句が継げない。
そこで漸く、婚姻届けから視線を外して机の上に並ぶ書類が目に入った。
まずは写真。副業先にいる私の働く姿、着替えて従業員出口から出てく様子。その横には【シュシュ】に渡したはずの履歴書。そしてさらに、契約書のようなものが置かれていた。最後に目に入ったのは、分厚い紙表紙の何か。それを一瞬だけ見た後、契約書に視線を戻す。
甲は、脇坂美織。乙は西園寺優雨。
甲は乙の妻となることを、ここに承諾します。
甲は乙と同居することとする。
甲は乙の承諾なしに別居することはできない。
うんぬんかんぬん……
「あのー、社長。」
「ん?」
いつの間にか、山田さんがキッチンから紅茶を運んできていたらしい。それを書類を置いているテーブルとは違うサイドテーブルに置いてたしなんでいた社長が柔らかな笑みを返してくる。
「これって私、脅されてます?」
まさかね、とは思いながらも内心は確信していた。
「そうだね。脅してるよ。」
「……。」
ものすごく爽やかなスマイルで脅迫していますと言われるとは思ってなかったけれど。