浮気の定理-Answer-
閉店後の事務所で、目の前で泣きながら辞めると訴える紗英を、どうして放っておけるだろう?


俺にとって今必要なのは紗英なのだ。


紗英を失うくらいなら、桃子を裏切ることくらいどうってことないように思えてくる。


俺は紗英を抱きしめ、そのまま彼女を上向かせ、そっと唇を寄せた。


ピクッと彼女の体が緊張するのがわかる。


涙で濡れた唇は、少ししょっぱい味がした。




「店長……うちまで……送ってください」




唇を離すと同時に放たれた彼女の言葉。


その意味がわからないほど子供でもない。


まだ今なら引き返せる……そんな少しだけ残る罪悪感。


けれどそんなちっぽけな罪悪感など、俺の手を取り自分の頬に寄せる紗英の前では、あっという間に消え去った。


手に手を取り、車へと急ぐ。


桃子以外の女を助手席に座らせるのは初めてだった。


頭に浮かぶ桃子の顔を打ち消して、俺は自分の太ももに伸びた紗英の細い指を見つめる。


意外と積極的なんだな?と、彼女を見ると今までとは違う女の顔をした紗英が、俺をそっと見上げていた。
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