浮気の定理-Answer-
長谷川のその後
玄関のドアを開けるといつも通り明かりがついていた。


涼子が出ていってからも自分で付けっぱなしにしていたのだから明かりがついていないことはなかったのだけれど、誰かの気配や部屋の温かさ、それに食事の匂いまでは自分ではどうにもならない。


いくら明かりがついていても寒々しい廊下を歩いてリビングのドアを開けた時の失望感は、いつまでたっても慣れなかった。


靴を脱ぎ几帳面にそれを揃えてから、廊下を進む。


リビングのドアを一瞬だけ立ち止まり息を吐いてから、ゆっくりと開いた。




「おかえり、勇」



遠慮がちにそう言いながら食事の支度をしているのは、あれほど家に入れるのを拒んでいた俺の母親だ。



「ただいま」



ぶっきらぼうにそう返しても、嫌な顔一つせずせっせと俺の世話を焼く。


母親の手料理など数える程しか食べたことのなかったのに、この歳になって味わうことになるとは思わなかった。



「お風呂も沸いてるけど、先にご飯にする?」



子供の頃には言われたことのなかったセリフ。


数ヶ月の間ずっと聞かされていると、だんだん当たり前になってくるんだから不思議だ。


最初の嫌悪感はどこへやら、



「あぁ、先に食べる」



なんて、普通に答えてる自分がいる。



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