たった一つの勘違いなら。

「お相手じゃなくてご自分の気持ちのことです。そんな風に悲しそうに微笑まないで欲しいんです。隠したりごまかしたり、そんなの課長には似合わないです。もっとご自分を大事にしてください。ファンのひとりとして、富樫課長が幸せでないのは悲しいんです」

課長は不思議なものを見るように私を見ていた。

それでもどうしても伝えたかった。そんなのはあなたにふさわしくない。




「幸せじゃないのかな、俺は」

でもそこを取り上げられて、言葉もなかった。

そう決めつけたかったわけじゃない。でも言葉にすればするほど私は最悪になるらしかった。

酔ったせいだとごまかせればいいけれど、酔って本性が出ただけだ。





「出ようか」

いつもの優しい態度に戻ってしまった富樫課長が悲しかった。せっかくの夢のような時間を自分から壊して、とりなす言葉もわからない。

「ごちそうさまでした。申し訳ありませんでした。酔っ払いのたわごとだとお許しいただけたら嬉しいです」

言い逃げするように謝って、「私、駅とは反対方向なので失礼します」とそのまま会社のほうに戻るように歩き去った。

本当は私が課長をお見送りするべきだっただろうと後から思ったけれど、無理だった。

私とかほんと消えてなくなればいいのに。久しぶりにそんなことを思った。





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