たった一つの勘違いなら。




心理的に打ちのめされながらも、容赦なく朝は来る。残念ながら今日はまだ金曜日。

後1日、頑張れ私。土日は幸い予定も入れてない。心行くまで家にこもってダメになろう。

来週の月曜は少し時間をずらして出社しようかなと考えながらたどり着いたエレベーターホールに、姿勢よくすっと立っていらっしゃる富樫課長が見えた。

なぜ。



近づく前にそっと方向転換しようとしたところを見つかった。

「おはよう、橋本さん」

「お、おはようございます」

不自然じゃないように歩み寄りながら考える。

昨日のことに触れたほうがいいだろうか、でも今蒸し返すのも失礼過ぎるか、いや「昨日はごちそうさまでした」ぐらいは言うべきだろう。



でもそもそもなんで、金曜日なのに。

「ここで捕まえるのが一番確実かと思って。連絡先も聞けなかったし」

富樫課長は私を見ずにゆっくりと言い、やってきたエレベーターに乗り込んだ。

私も隣に乗り込み、課長の次の言葉を待つうちにエレベーターが上がり始める。捕まえるってどういうこと?


「昨日の店のほうにあるホテルってわかる?」

課長が言うのは、会社のパーティなどで時折利用する高級ホテルのことだろう。もちろん知っていると頷いて示す。

「今夜、7時にラウンジに来てくれるかな。 頼みたいことがあるんだ」

全く反応ができないでいる私の返事を待たず、到着したエレベーターから課長は降りていき、角を曲がる前に振り返って優しく笑った。



頼み?

昨日の今日で?また食事?でも失礼なことばかり言ってすっかり嫌われたと思ったのに。

それとも何か、カズくんのことで?

何が何だか全くわからないが、私はどうやらあの方に捕まえられたらしい。

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