たった一つの勘違いなら。
「昨日は少し酔っていたみたいだけど二日酔いにはならなかった?」
にこやかに、でも割と直球で富樫課長が切り出した。
「大丈夫です。昨日は本当に」
と謝ろうとしたところを手で遮るように止められる。
「いや、あれから君に言われたことを考えたんだよね。自分を大事にするってどういうことなんだろうなって」
課長は怒ってはいない雰囲気だとわかる。問いかけるようにじっと目を見て話しかけられている。
「いえ、何かたくさん失礼なことを言ってしまってすみません。本当にもうただの酔っ払いで」
「わかってる。こちらこそ、飲ませておいて送りもしないで申し訳なかったよ」
「そんなこと言って頂く資格ありません」
紳士的な姿勢は普段通りだが、昨日があっただけに本心とは違うのだろうと思うと胸が痛い。
「俺のほうが大人げなかったし、橋本さんには悪気がなかったってわかってる。仲直りということにさせてくれないかな」
「はい、もちろんです。私誰にも何も話すつもりもありませんから」
そこだけは強調しておきたい。
「ありがとう。あまり噂されたいことでもないからさ、助かるよ」
また少し悲し気な笑顔。お互いにもう何の話かは持ち出さないけれど、これはやっぱり認めたと考えていいんだろう。