たった一つの勘違いなら。

西山さんの問いに答える前に、フロアが急にざわっとしたのでつい振り返る。

立ち上がってブースの向こう側を覗くと、ざわめきの理由はすぐにわかった。

見慣れた、でもこのフロアで見ることはほぼない人が大股で歩いて来る。

女性たちが手を止めて「富樫課長だ」「うそ、なんで」と囁き合っているのだった。

「西山いる?」

「はい、今打ち合わせを」

答えた私をほとんど無視する勢いで打ち合わせブースまで来ると、富樫課長は西山さんを見下ろした。

「お前にやらせるって誰が言った」

「高橋さんにやってみろって言われました。でも思ったより難しい案件かもって今聞いたんで、課長に相談しようとは思ってましたけど」

「あの、課長。目立ってるので座っていただけませんか」

小声でお願いすると、席にはつかないものの「難しそう?」と私に聞く。

「かもしれないので、詳しくお聞きできればとは思いました」

「担当者は検討し直して改めて話を、ってことでいいかな」

「はい、もちろん」

構わないけれど、わざわざ課長がこんな勢いで出向いて止めるような先走ったことはしませんが?

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