たった一つの勘違いなら。

カズくんが私に驚いてバッと離れる。

「違いますから」

吹き抜けの階段に、その声は少し大きく響いた。

「……彼女はわかってるから」

真吾さんが無表情に彼に告げる。

「ですよね、すいません」

「何かあった?」

「いえ、西山さんに」

聞かれてどうにか冷静な振りをして、下の2人に向けてスマホを見せた。

「これお忘れじゃないかと」

「あ、すいません、ありがとうございます」

胸ポケットを押さえてから駆け上がってきてスマホを受け取ると、頭を下げてそのままの勢いでまた駆け下りていく。

踊り場でそれを待つ人の方は見ずに、一礼して扉を閉めた。




廊下側の冷たい扉を背にして、フーッと息を吐く。

恵理花に触れていたのを見た時とは違う。『詩織のああいう顔』と言われた表情をしているはずはないけれど。

私、どんな顔してた?

見たと言うことよりも、見た自分を見られたことが気になった。私がもしもああいう顔をしていたら、真吾さんはどう思うんだろう。

偽物の彼女の私はいったい、どういう顔をするのが正しいんだろう。

わからないまま、扉にもたれかかったままずるずるとしゃがみこんだ。

私には見せない顔、聞かせない声色。本気のときは、ああいう風に怒る人。


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