偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
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「……あの……ここを出るんでしたら、そろそろ主人も帰ってきそうですし、家に……」

稍は左手首のクリッパー ナクレを見た。
午後九時半になっていた。

「えっ……まだ、いいでしょ?青山さん、お偉方(えらがた)との会食なんだから、きっと遅くなりますよ」

実際は、一刻も早く家に帰りたい愛妻家の社長が早めに切り上げて九時には終わっていた。

「でも……主婦ですし」

稍だって、一刻も早く家に帰って、だいすきな智史に会いたいのだ。

「それに、明日、友達とランチをする約束なんです」

智史とのこの怒涛の一ヶ月を、洗いざらいだれかに話したかった。

今まで、どんな感情もたった一人であたりまえのように「処理」してきた稍だったが、智史への想いだけはどうしようもなかった。

沙知は稍よりも歳下だが、女も三十歳を越えるとそんなことは関係ない。
彼女なら、しっかりと稍の気持ちを聞いて受け止めてくれると思った。

稍の今までにない様子を察したのか、何度も『どんな話ですか?』と訊かれたが、とてもスマホの通話で話せることではなかった。

ぼんやりと、心ここにあらずと(ただず)む稍に、

「仕方ないですね……じゃあ、この店でいいですから、もう少しつき合ってください」

山口は杉山を呼んで「キールを二つ」とオーダーした。

そして、ほどなくしてコースターの上にフルートグラスが置かれた。

「乾杯しなおしましょう。先刻(さっき)、カクテル言葉をググって『勉強』したんですよ」

山口は少し得意げに言って、フルートグラスを持ち上げた。

「キールのカクテル言葉は『最高のめぐりあい』……まさに、おれとあなただ、ややさん」

稍は全身が総毛立った。

……さっ、さぶっっ!

智史が「青山」のときよりも、はるかにブリザードだ。

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