偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

隣では妻の葛城 誓子(ちかこ)が、右手で五歳になる息子の優輝(ゆうき)と手をつないでいた。

「大勢のお客さまの前なんだから、おとなしくしていてね、優輝。大橋(おおはし)のおじいちゃまの顔が見えても、はしゃがないのよ?」

母親譲りの涼やかな顔立ちの優輝が、こくりと肯く。

しかし、それは「冤罪」だった。
実際はしゃぐのは、祖父(じじ)バカの「おじいちゃま」の方だからだ。
だけど「抗議」をしたところでなんの解決にもならないことは、(よわい)五歳にして達観していた。

現代社会を生きる五歳は「ぼーっと生きて」るわけではない。子どもだからといって侮っていたら、逆に「叱られ」てしまうかもしれない。

艶やかな黒髪を持つ和風美人の優輝の母親は、大橋コーポレーションの社長令嬢だった。

彼女の左手薬指にはブルガリのコロナのエンゲージリングとマリッジリングが輝いていた。
エンゲージもマリッジもぽってりとしたアームにパヴェダイヤが敷きつめられていて、エンゲージのセンターにある大きなダイヤモンドを引き立てるデザインだ。
長身で華のある彼女にぴったりだった。


結果的に今、ステーショナリーネットは大橋コーポレーションが後ろ盾となっているが、だからといって彼らは「政略結婚」ではない。

彼らは互いに二十代の頃「お見合い」をして、政略結婚しそうになったことがあった。
ところが、会社がしっかりと軌道に乗る前の謙二は信用が得られず、大橋側から断られていた。

彼らが今夫婦として一緒にいるのは、その後に再会し、ちゃんと「恋愛」しての結果である。

実は二人とも、お見合いで出会った相手をずっと忘れられずにいたのだが……


彼女は息子とつないでいない左手で、お腹をやさしく撫でた。その中には二人目の子どもが育まれている。今度は女の子だそうだ。

謙二が妻のその姿を微笑ましく見つめた。
誓子はふっくらと笑って夫を見上げた。

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