偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

石井 華絵は、隣に立つ息子の大翔を横目でちらりと見た。

大翔は「なんだよ⁉︎」と顔を歪めている。
クラスの子とテーマパークへ行くという約束を反故(ほご)にさせて、半ば無理矢理連れてきたのを、まだ怒っているのだ。

……あんなにこの日は空けとけ、って言ったのにっ!

幼いときは、あんなに「ママ、ママ」と泣きすがって、毎日保育園に預けるのに一苦労だった。
だが、小学校も高学年ともなれば、そろそろ反抗期にさしかかって、なんだか一人で大きくなったような顔をしている。ムカつく。

……女の子だったら、もっと育てやすかったかなぁー。

つい幼稚園からの親友を思い浮かべる。
その親友の富多(とみた) 彩乃(あやの)は男女一人ずつ、子どもをもうけていた。今は夫の仕事の関係で家族でロスに住んでいる。

……せめて、一人っ子じゃなかったら、もう少し扱いやすかったかなぁー。

とはいえ……あのタイミングで、結婚も出産もしていなければ、きっと今自分は「おひとりさま」だったと、華絵は思う。強引に導いてくれた夫には感謝しかない。


夫から十年以上も前のプロポーズの際に贈られた、カルティエのソリテール1895のアームがパヴェダイヤになったエンゲージリングを、今日久しぶりにつけてみた。いつもは、重ねられたマリッジリングだけだ。これも、同じソリテール1895のシリーズのハーフエタニティである。

エンゲージはこの歳になっても、全然大丈夫。
むしろ、これからの年代の方がしっくりくるかも、と思えるダイヤの大きさだ。
これから、お出かけの際にはつけよう、と華絵は決意した。

夫はいくら実家が萬年堂の閨閥(けいばつ)とは言っても、あのとき入社間もない「一年生」だった。無理をさせたと思う。

……ありがと、パパ。

こっ恥ずかしいから、華絵は心の中でつぶやいた。

小生意気なバカ息子のことは、一旦、置いておこう。一応、自分と愛する夫との間の一粒種だし。


それにしても……あんなに早くに結婚したのに、一人しか産めなかった。仕事をしすぎた。
夫は女の子もほしかったのではないか、と今でも華絵は悔やむ。

社長の妻の誓子は華絵よりも一歳上だが、二人目の子どもを身籠っている。えらいなぁと思う。

だが、華絵自身にはやはり無理だと思ってしまう。十歳になった大翔とは歳が離れすぎた。もう一度、イチから子育てするのは勘弁してほしい。

……ごめんね、大貴。

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