偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
万里小路 華絵が、彼女の旧姓である。
由緒正しそうなその名は、まさしくやんごとなき家系で、戦前は華族であった。
しかし、明治や大正や戦前の昭和の華やかな時代も今となっては昔の話で、今ではごく普通の家庭である。
「おもうさま」「おたあさま」ではなく「パパ」「ママ」と呼び、冬にもなればあたりまえにホーム炬燵を出してきて、家族で寝っ転がっていた。
『喉が渇いたから、お茶を持ってきてくれないか』と言うパパに、『華絵、持ってきてやんなさいよっ』と言うママ、『なんであたしがコタツから出なきゃなんないのよっ。パパが自分で取ってくればいいじゃんっ』と言う華絵。
すっかり「庶民」を満喫していた。
ましてや、華絵は自分の力で人生を切り拓いていきたい派である。
学校の方は、物心がつかないうちに女子大の附属校に入れられてしまったので、就職だけは自分の力を試してみたかった。
でも、この派手なファミリーネームのせいで、面接で『もしかして、万里小路子爵の末裔ですか?』『おとうさまは(株)アディドバリューの専務取締役ですよね?』と尋ねられ、速攻で身バレした。華絵はウィキペディアを心底恨んだ。
広報に配属されているのも、実家の会社とのパイプを期待してのことだ。決して、華絵が実力で勝ち取ったわけではない。
夫の大貴は、今まで知り合った男の人の中で、そんな「万里小路」を意識しなかった、唯一の男である。
家名を告げても柳のように飄々と受け流され、
『……だから、なに?』
と真顔で言われたときは、心底びっくりした。
華絵の「正統派」な外見からは思いもかけない、ざっくばらんで男前な気性にもいっさい幻滅しなかった。
華絵自身を見てくれて、華絵自身を受け入れてくれた。家族と彩乃以外では、初めてだった。
そして、結婚して「万里小路」から離れて、大貴の「石井」になったとき、ようやく周りに、家柄でなく、華絵自身を見てくれるような人が少しずつ出てきた。
……ありがと、大貴。
だけど、やっぱりこっ恥ずかしいから、華絵は心の中でだけ、つぶやいた。