偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
「……ママ、社長のスピーチがはじまるよ」
夫が耳元で囁く。
……わたし、「あなたの」母親じゃなく「あなたの息子の」母親なんですけど。
華絵はつい先刻までの大貴への感謝をすっかり忘れて、少しムカついた。
「更年期じゃね?」
大翔が母親のムッとした様子を見て、絶妙のタイミングで意地悪く嗤う。
「彼女」の日葵ちゃんとのピューロランドデートを阻止された腹いせだった。
日葵ちゃんはマイメロが大好きで、今日の日をすっごく楽しみにしてくれていた。
来年はお互い中学入試だ。ゆっくりと遊びに行けるのは五年生の今くらいなのだ。
これからの土日は、塾や模試で潰れることも多いだろうし。
……はあぁっ⁉︎ このクソガキっ!
どこで、そんな言葉覚えてきやがったっ⁉︎
そんなことは夢にも思わない母親は「やんごとなき血筋」ともども、息子をラララ星の彼方にブッ飛ばしそうになる。
マジでこんな子に育てた覚えはないっ!って、この会場だけではなく、全宇宙に叫びそうになる。
「……大翔」
大貴が静かに息子の名を呼んだ。
大翔は背の高い父親から見下ろされ、じーっと見つめられた。いくら最近背が伸びてきたといっても、まだまだ父親には敵わない。口元には薄く笑みが見える。
だが、その目はまったく笑っていなかった。
冷たい、つめたい目だった。
その瞬間……大翔の背筋がソゾッとした。
「たとえ息子であろうと、僕の奥さんの華絵さんを……侮辱するのは許せないな」
そう言って、父は笑みを深めた。
……背中の、ゾゾゾッ、が止まらない。
仕事が忙しくて、近頃は特に疎遠な父親からは、幼いときから声を荒げて怒られたことはない。
なのに、じーっと見つめられると、なぜか感情のままに怒鳴りまくる母親よりもずっと怖ろしいのだ。
……もしかして「エタイの知れない」ってこういうことを言うのだろうか?
大翔は漢字ドリルの問題に出てきた言葉を、ふと思い出す。血を分けた父親なのに、なんだかそんなふうに思わずにいられない。
ちなみに正解の漢字は「得体」だ。
父は、自分の思いどおりにならないことは絶対に許さないし、絶対にさせない。
特に……母に関してのことは。
「……やっだぁー、大貴ったらぁ」
まったく空気を読めぬ母親が、乙女のように頬を赤らめて、一人で盛大に照れていた。