輪廻ノ空-新選組異聞-
伊木さんの事件の時に明らかになった、薪炭商桝屋の存在。

武器弾薬を集めて隠し、過激派浪士達と不穏な計画を立てているらしいと分かって。

実際、山崎さんが探りを入れたらアタリだった。

今は取り敢えず桝屋を泳がせて、何か大物が掛からないかと監察方が奔走中。


お花見もゆっくり出来ないまま梅雨を迎えて、バタバタしているうちに、六月五日の事件の日が近付いてた。



「疲れた…。一見平和なのになぁ」

わたしは東側の四条橋の欄干に凭れて、川上を見つめた。

数日前の大雨で増水してた鴨川のせいで、中洲で一度橋の終わる四条橋は渡れなかったんだけど、かなり流れはマシになって。それでも下駄ばきの足を水に捕らわれながら渡ったのは人がいないから気楽で。

監察方になってから個人で動くばっかりだから、前より神経を使う。

で、つい。


「蒸し暑い」

欄干に顎を乗せてヒンヤリ感を楽しむ。

泳ぎだいけど、さすがにこの流れはなぁ。

なんて思いながら、まだ茶色い流れを見つめてたら…

「こどもの泣き声?」

明らかに川上から。

目を凝らす。

ぎゃーっと思わず心の中で叫んだ。流れの中に、アップアップする手と黒い頭が浮き沈みしてるのが見えた。

「だ、誰か…」

って、誰もいない橋を選んだんじゃんよ、わたし。と、久々に現代言葉が出た。

もうすぐこの橋まで流れて来る。この橋と中洲をあてにするなら今しかない。グズグズしてちゃだめだ。

「うあーん、だすげて…」

声が近い。

「頑張んな!!今行くから!!」

わたしは羽織を脱いで欄干に掛け、下駄も脱ぎ捨てて川に飛び込んだ。

夢中だった。

助けなきゃって。

男の子なのかな、流れてくる所を受け止められる位置まで横に歩いて行こうとするけど、自分も流されそうな勢い。

見た目より、流れは急だった。

死ぬかも、と焦り出したわたしの視界の端に、鴨川東側の河原から飛び込んでくる浪人みたいなお武家姿が見えた。
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