今宵は遣らずの雨

◇第十三話◇


小夜里は後産を終えたあと、突然、意識を失った。大量の出血があった上に、その血がまったく止まらなかったのだ。

町医の玄胤を呼びに行かせようと思った矢先、息子の玄丞が産室に駆けつけた。

いつでも馳せ参じられるよう、近くの大店(おおだな)で待機していたのだ。


血相を変えた藩主の御殿医が、一介の町家にいきなり飛び込んできたということは。

長屋の女房たちは、生まれた子が大名家の血をひく「御落胤(ごらくいん)」だということを悟る。

小夜里は「御落胤の御生母」となったのだ。


それまでは、下働きだったおきみ(・・・)が目にしたことから話を膨らませ、小夜里が嫁ぐ前に想いを寄せていた武家の男があの日に訪れてきて、子を()したと美しき誤解をしていた。

小夜里が生家の(しがらみ)を打ち破って、愛しい男の子どもを授かることができたと思ったからこそ、みんなが手を貸したのだ。

だから、だれも父親を問わなかったのだ。

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