今宵は遣らずの雨

「……御酒に酔うて、川向こうとお間違えか」

ようやく息が落ち着いてきた小夜里が、隣で身を横たえる民部に、皮肉めいた口調で云った。

民部はふっ、と笑った。

端正な顔が崩れて、小夜里の心の臓がどきりと鳴った。

あわてて小夜里は、脱ぎ散らせた浴衣(ゆかた)を手元に引き寄せ、民部に掛けようとした。

すると、民部は小夜里を抱き寄せて、浴衣の中に一緒に入る。


町家を流れる川の向こうには、女郎屋のある界隈(かいわい)があった。

江戸に渡った民部は、吉原や岡場所に出入りしていたのであろうか。

語り口は訥々(とつとつ)としているのに、女の扱いには意外なほど長けていた。

(たわ)けたことを……売女(ばいた)相手に、こんなに気を遣れる見合(まぐわ)いができるはずがなかろうぞ」

やさしく、小夜里の頬を撫でた。

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