今宵は遣らずの雨

土間に戻った小夜里は、おみつに茶の用意を頼むと、

「いよいよじゃねぇ、お師匠(っしょ)さん」

となぜか、にやにやしている。

姉のおきみ(・・・)には御家人の武家の妻女をあらわす「ご新造(しんぞ)さん」と呼ばせていたが、小夜里が手習所に馴染んでくるにつれ、自然とみんなから「お師匠」「お師匠さん」と呼ばれるようになった。

「玄丞先生は町のおなごたちに、えっとぉ人気なんよう。ほいじゃが、先生はお武家さんじゃけぇのう」

「……無駄口は()して、()よお茶の支度をしなされ」

姉のおきみ(・・・)と違って、おみつは(かしま)しいところがあった。

そして、まだ数えで十五だというのに、妙にませている。

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