SEVENTH HEAVEN
「いや、僕と君と『かなり』年が離れてると思うけど・・・まあ、さておき」
滑らかな仕草でブラウンさんの長い指先が私の顎を掬いあげる。
「何をするんですか?」
「僕の言葉が真実だと信じさせてあげる。-見てこらん。」
ブラウンさんは私の顔を窓へ向けさせると、馬車のカーテンを開け放った。
(何、あの光‥)
噴水の真上で水晶が宙に浮かび、七色の光を振りまいている。
道に並ぶ街灯も、ランタンの中で火の代わりに宝石が柔らかく輝き、夜闇を払っていた。
「あれは魔法の力を宿した水晶ー『魔法石(まほうせき)』と呼ばれるものだよ。ただ光るんじゃない。手に人間は誰でも、魔法を使う事ができるんだ。」
(魔法なんて現実にあるわけない。あるわけじゃないけど‥)
現にガラス窓の向こうでは宝石が宙に浮き、火とも電気とも違う不思議な光を放っていた。
ここはね、カナリア。君が生まれ育った世界のもう一つの姿、コインの裏側‥科学の代わりに魔法が発達した世界なんだ。」
(科学の代わりに、魔法が発達した世界‥)
「ええっと‥説明してもらっておいて凝縮なんですが、これ、私の夢なんじゃ・・・」
「夢じゃないって証明するために目覚ましのkissしようか?」
「え、遠慮しときます・・・っ」
慌ててのげぞって、頭を窓にゴチンとぶつかった。
(ばっちり痛い‥。ということは夢じゃないんだ。私は、トンネルに落っこちて、まったく別の世界に来ちゃったんだ。っ‥よし、一旦落ち着こう!非常事態の時は慌てずに冷静に対処しないと。)
何度も深呼吸をしつつ、これは現実、これは現実、と、胸の中で自分で言い聞かせる。
「あ、そういえば‥さっき、ヨナと名乗る人に、怪しまれ捕まりかけたんですけど、彼がはめられた手枷にも宝石が飾られてました。」
「あれも魔法石だよ。決して外れない魔法がかけてあったんだろうけど、それを君が弾き飛ばした。
「見てたんですか?」
「うん。実は。わけがって僕は、直接君を助けることができなくてね。代わりに、この馬車を走らしてる男ー『帽子屋』に代理をお願いしたんだ。」
(それであの人、私を助けてくれたのか‥恩人だし、ぽんこつって言われたことは水に流そう。)
「お陰で助かりました。 ブラウンさん。それにしても‥どうして私、魔法を弾き返せたんでしょう」
「『魔法の無効化』はこの世界の住人にはない力だ。君がいた世界-『科学の国』の住人の特権だよ。数年前にもロンドンから迷い込んできた人間がいて、君と同じ力を持っていた。」
「え‥?」
「その幼い女の子のことは君も知ってるはずだ。『アリス』。」
「アリスってまさか・・・!」
「そう。ベストセラー『不思議の国のアリス』のモデルであり、史上初の、科学の国のお客様だ。君はさしずめ、第二のアリスといたところかな。」
(私が『アリス』・・・。なんだか、本の中に迷い込んだみたいだ。)
「初代のアリスはおてんば娘でね。魔法を弾き飛ばして遊び回り、国じゅうが手を焼いた。まさか、あの事件をもとに『科学の国』で本が出版されるとは思ってもみなかった。」
「『不思議の国のアリス』の物語は、ここで起きたことなんですか?」
「いや、実際は、動物がしゃべったり怪物がうろついてたり、カードが兵隊に化けたりはしないし‥不思議の国の内情はもう少し厄介で、なかなか危険だ。」
(厄介で、危険・・・?)
気楽に胸をときめかせていた私に、ブラウンさんは謎めていた笑みを送った。
「君には、この『クレイドル』の秘密を、知っておいてもらった方がよさそうだね。」
ブラウンさんが鞄から地図を取り出し、私の前に広げて見せる。
「クレイドルは『赤の軍』と『黒の軍』ー二つの軍によって統治される軍事国家だ。」
(アリスが旅したあの『不思議の国』が軍事国家‥!?)
「西側が赤の軍の領地。東側が黒の軍の領地。そして‥僕達が今いるのは両軍の中立地帯で政治経済の中心である『セントラル地区』だよ。さっきまでいた庭園は『ガーデン』と呼ばれる、国の重鎮が集まり、会議や裁判を開く場所だ。軍の幹部と、会議の記録をとる秘書官―つまり僕以外は、立ち入り禁止になっている。」
「だから、ヨナって人は、私を怪しんで捕まえようとしたんですね。」
「赤と黒、各軍の幹部はどちらも、『選ばれし13人』と呼ばれている。偉い順に上から『キング』、『クイーン』、『ジャック』、『10』‥そして一番下が『エース』だ。ただし、エースは特殊任務を担当することが多くて、破格の扱いを受けている。」
(なんだか、トランプのカードゲームのルールとそっくり。)
「それにしても、ティーパーティーの会場が国会の代わりなんで、のどですね。」
「事情はそうでもない。考え方の違いから両軍は対立を続けている。500年も前からね。」
「一つの国を一緒に治めているのに仲が悪いんですか?」
「仲が悪いところが、今夜の機会でついに決裂したらしくてね。戦いが始まりそうなんだ。」
(戦い‥?もしかも今夜から!?)
「僕は用事があって『科学の国』へ出かけていて、会議に遅刻したんだけど‥その間に赤の軍が黒の軍に宣戦布告して、警戒態勢が退かれたらしい。さすがにちょっと驚いたよ。」
「『ちょっと』じゃないです!国家の危機じゃないですか。私、今すぐにロンドンに戻ります。どうやったら帰れますか!?」
「ガーデンの隅に穴があったのを見たかい?あれが、二つの世界を繋ぐドンネルだ。『科学の国』の物を何でもいいから一つ持って穴に飛び込めば、向こうへ行けるんだけど‥」
「光る穴の場所は覚えてます。今、着ている服や靴やがあれば大丈夫ってことですよね。」
「ただ、穴が開かれるのは、満月の夜の数時間だけに限られるんだ。」
「え‥?まさかトンネルはもう‥」
「ああ。残念ながら閉まってしまった。次の満月の夜まで開くことはない。」
「一ヶ月先まで帰れないってこと!?そんな‥っ」
(わっ)
馬車が急停車し、話はそこで途切れてしまった。
「戸を開けろ、ブラウン・ラバン。カナリアというて女が、そこにいるな?」
(私を呼んでる‥?一体誰!?)
「どうやら君を君を連れ出したみたいだ。赤の軍の迎えを寄越したらしい。」
「ええっ?」
「すぐに終わるからちょっと出てこい。ドアをこじ上げる面倒な真似はしたくねえからな。」
「‥行こう、アリス。」
ブラウンさん促され、ごわごわ外へと出ると‥馬に乗った2人の男性が私たちの前に立ちはだかった。
「悪いな、ブラウン。お前が連れているその女を、うちの美人と悪魔が探してんだ。俺たちと来てもらおう、アリス。」
(アリスって『科学の国』から来た私のことだよね?どうしよう‥!)
「いたいけな女性を怖がらせるのは紳士として正しい行為じゃないよ、2人とも。」
「-怖がらせたのなら、謝る。」
(え?)
2人の男性は馬からひらりと飛び降り、私の前へと歩み寄る。
「俺は赤の軍のエース、エンヴィーだ。我が軍のクイーン、ヨナがお前に会いたいと言っている。」
「こっちは赤の7、カイルだ。ま、よろしく。お前がどーしても嫌だってんなら、ヨナに適当に誤魔化しとくぞ。」
(えっ、そんなゆるい選択ありなの‥?)
「カイル、これはあくまで任務だ。俺達は完遂する義務がある。」
「義務だのなんだの知んねえよ。俺の職業はあくまでドクターだ。軍付きであってもな。」
「カイルを連れて来た俺が馬鹿だった。-ともかく、カナリア。ヨナは確かめたいことがあるだけだと言ってた。手荒な事はさせないと誓う。」
(真っすぐな目‥。嘘ついてなさそう。)
「カナリア、君さえよければ彼らに応えてあげてはどうかな。」
「ブラウンさんまで‥?」
「僕はこの国の秘書官‥起きた事をただ書き残すのが仕事でね。軍に干渉ができない立場である。君との逢瀬を邪魔がされるのは本意じゃないけど‥カイルとゼロは信用できる。どうするかは君が意思次第だ、カナリア。」
(断れる雰囲気じゃないし‥ヨナにあの場所にいた事情を説明をすれば追われることはなくなるよね。)
「っ‥分かりました、あなた達についています。ちゃんと帰すって約束してくれますよね?」
「約束する。思い切りのいい人間は好きだしな。-来い。」
(わ‥!)
ゼロのたくましい腕に抱き上げられ、馬の背へと乗せられる。
「悪いが飛ばすぞ、カナリア。」
「は、はい!」
「しっかりゼロにしがみついとけよ。勤務時間外の診察は勘弁なー。」
「カナリア、気をつけて。すぐにまた君に会いに行くよ。」
手を振るブラウンさんがあっという間に遠ざかり、私は夜の闇の中へと連れ去られた。
カナリア達が走り去る姿を、路地裏にひそむ二つの人影がひそかに見守っていた。
「両軍の衝突も目前らしいな、ロギ。‥こんな夜に、2人目のアリスが現れるとは。」
「かなり可愛いかったねー。あの女の子。怯えた目が素敵だったよ。さらっちゃいたくなるくらいに」
「‥俺にはどうでもいいことだ。セントラルの動向は掴めたしむ、長居は無用だな。」
「だね。なんたってハールはお尋ね者だし、俺も似たようなもんだし。」
呟きあい、二人はフードを目深にかぶる。
「-‥行くぞ。」
瞳が輝きを放ったと思うと、2人の身体を闇が飲み込み、溶かし始めた。
姿が消える寸前、月の光が、楽しげに笑う口元を浮か上がらせた。
「これから‥楽しくそうだな。」
町を出て、大きな橋を渡り、寝静まった村を抜けー私は荘厳な建物の前へと連れて来れられた。
「着いたぞ、赤の軍の兵舎だ。ヨナを呼んでくるからここで待て。」
「はい‥」
「あーくだびれた。これでやっと酒が飲めるぜ。」
「カイル、ヨナへの報告が先だ。-‥門番、彼女から目を離すな。」
「かしこりました。」
門番とふたり残され、静かになると、手枷をはめられた感覚がじわじわとよみかえってきた。
「ヨナって人に会うのがやっぱり会うのは怖いな‥。ろくでもないことになりそう。」
「なんだ、お前てんヨナ様を愚弄する気か?」
「あ、いえ‥すみません、素直な感想が口から漏れました。」
「やはり愚弄しているではないか!そもそもあの方を呼び捨てとは言語道断だ!」
「そ、そんなに怒ること‥?」
「当然だ、赤のクイーン、高貴なるヨナ様に対し、無礼極まりない!口を慎め!」
(わ‥っ)
怒鳴り声とともに門番が腕を振り上げ、身がすぐむ。
「ちょっと、そこアンタ!女の子にやさしくしなさーい。」
「とりあえず、手を下ろして。」
突如現れた2人組が、私の手をあげていた門番を羽交い締めにする。
(黒の軍服‥!この人達は黒の軍!?)
「あなた、こっちにいらっしゃい。怖かったね。」
「また同じ目に遭いたくないなら、俺達から離れないで。」
「ありがとうございます、助かりました‥!」
(左の人、見覚えがある気がするけど勘違いだよね?人形みたいに奇麗な顔‥。右の人は‥見た目は男の人だけど、中身はお姉さん、なのかな?)
「離せ、無礼とも!」
(あっ!)
門番が拘束していた腕を振り払い、必死の形相で兵舎へと駆け出す。
「黒の軍の檄襲だ!鐘を鳴らせ、ひっ捕らえろ!」
(た、大変なことになっちゃった!)
「セス、偵察失敗。」
「だわねー、ルカ。」
「すみません。迷惑をかけてしまって‥!」
「気にしなくてい~の!こーんな可愛い女の子がぶたれるの見過ごせないじゃない?」
「話している暇があったら逃げるよ。あなたも来たいなら来れば。」
「う、うん。」
(この状況で捕まったら、ヨナからますます怪しまれそうだし、ひとまず離れよう!)
セスさんとルカさんの間に挟まれ、門の外へと走り出す。
「笑わせる、たった3人で逃げ切れるつもりか!?」
振り向いた私の目に、敵の銃口がギラりと光るの見えた、その時―
(うわ!?)
空に向かって銃が乱射され、敵兵がどよめきが走る。
見ると、兵舎の門の上に二丁拳銃を構えた男性が颯爽と立っていた。
「ルカ、セス、たのしそうなことしてんじゃねーか。俺も混ぜろよ?」
「フェンリル!」
(他にも見方がいたんだ。!)
「その女連れて、門の表まで一気に走れ。」
「了解。」
「逃がすな、追え!」
「いいねー。今夜の獲物は威勢がよ
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