ひょっとして…から始まる恋は
同情しながら送り出すような声をかけ、内心ひゃー…と焦る。
けれど、彼は振り向いてニコッと微笑み、手を振って去って行った。


まるで新婚の旦那様を見送っている様な気分になった。
此処が大学の医局棟でなければ、私はもっとその世界に浸っていられただろうに。



「保科さん、仕事中よ」


中から機嫌の悪そうな松下さんの声がして現実に引き戻される。
はい…と小声で返事をし、深い溜息を吐き出した。

松下さんも私と同じように彼と二人だけになりたいのだ。だから、自分だけが同級生という名の特権をいつまでも使っていてはいけない。


(どうせ二人とも失恋なんだし)


松下さんはおっかないけど悪い人ではない。
ただアイドルみたいに藤田君のことを思っていて、彼を独占したいだけだ。


(独占か…)


自分には向かないセリフだな、と諦めた。
私はお人好しだから人に恨まれる様な恋は向かない。


それでも、こっそり藤田君を想っていたい。
振り向いて貰えなくてもいいから、彼と同じ時間を過ごさせて。


(お願い、神様。せめてこの場所にいる間だけでもいいから)


胸の中で十字を切って秘書室に入る。
彼の彼女のことを裏切る気はありません、と頭の中で必死に言い訳をしていた__。


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