眠り姫は夜を彷徨う
「なんだ、如月か」

そこには相変わらずの三つ編み眼鏡がいた。毎朝、よく会うな。

「え、ああ…。おはようございます…」

いつも通りぺこりと頭を下げてくるが、何だか今日は覇気がない。それにすぐに視線が下へと向いてしまう。

(…珍しいな)

もともと分厚い眼鏡の反射でその瞳が見えていることは殆どないのだが、いつだってしっかり前を向いているイメージなのに。

「どうした?何か今日は元気ねぇんだな」

互いに重い溜息ついといてなんだが。

如月はその見た目とは裏腹に、いつでも柔らかい雰囲気で明るくポンポン言葉が返ってくる。それが話していて気持ちの良いところで、つい気軽に声を掛けてしまう要因でもあった。

他の女たちは、大概オレを怖がってオドオドしているか、関わりたくないのか引き気味になりがちだ。逆に気安く話し掛けてくるような奴らは、分かりやすい程に色目を使ってくるタイプが多い。だから、オレの周囲でこういう如月みたいなタイプは珍しかった。

「あー、実は…ちょっと寝不足なんです」

困ったように笑顔を見せる。

「寝不足?何だ、悩みでもあんのか?」

「うーん、悩み…というか…」

如月は一旦言葉を区切って空を見上げると、眩しそうに右手をかざして言った。

「夜が…こわいんですよね…」

「夜が?」

「はい」

「何で?」

素直に疑問を口にすると、如月はまた困ったように「おかしいですよね」と、笑った。

顔は笑っているが、如月からは心底参ってる感が垣間見えた。

(本当はお悩み相談なんてガラじゃねぇんだが…)

気まぐれにも話を聞いてやりたくなった。


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