眠り姫は夜を彷徨う
紅葉が意を決して圭に声を掛けようと思っていた矢先。不意に圭が前を向いたまま口を開いた。

「桐生さん、格好良かったね…」

「えっ…?」

思いもよらぬ言葉が耳に届いてきて、紅葉は目を丸くして思わず聞き返してしまった。だが、圭はそのまま言葉を続ける。

「学校で見掛けても落ち着いてて大人っぽい人だなぁとは思っていたけど…。すごく説得力もあるし、頼りになるし、何よりあの歳で既に若頭だなんて凄いよね。…敵わないなぁ」

最後の部分はまるで独り言のような小さな呟きだったけれど、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべながら遠くを見つめて話す圭の横顔に、紅葉は戸惑いを隠せずにいた。

「桐生さんの家のことも流石に最初は驚いたけど…。でも、皆良い人達ばかりだったよね。すっかり長居して朝食までご馳走になっちゃって。何だか悪いことしちゃったよね」

そこでやっとこちらに視線を向けて来た圭に、紅葉は頷きながらもその場に足を止めてしまった。

「そう、だね…」

少しでも笑顔を見せたつもりだったのに上手く笑えていない気がする。それを誤魔化すように紅葉は俯くと、圭もその場に立ち止まって言葉を続けた。

「朝、紅葉が家に居ないっておばさんから聞いて探し回ってる時は本当にどうしようかと不安で一杯だったけど…。でも、桐生さんがついててくれて、こうして紅葉が無事で…本当に良かったと思うよ」

そう続ける圭の笑顔はどこか疲れているような、寂し気なような、何とも言えない表情をしていて。

紅葉は居たたまれなくなって頭を下げた。
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