大切なものを選ぶこと



弘翔の言葉に顔を上げると、強くて優しい瞳に吸い込まれる。


そんな優しい顔をされたら…涙が止まらなくなってしまう。




「でもッ、でもッッ…お父さんはッ…」



泣きすぎて言いたいことが言葉にならない。



それでも弘翔は私を強く抱きしめたまま『わかってる』と呟く。


私に言い聞かせるような、自分自身に言い聞かせるような声色で。




「美紅に好きだと伝えた時、俺の仕事のことで美紅を傷つける覚悟はしてたんだ」





「ッッ、」





「人に恨まれる覚悟も、後ろ指さされる覚悟も、美紅の御両親を傷つける覚悟もした」





「…………ッ、」





「そんな風に泣いてくれるな。美紅は何も悪くない」




優しく涙を拭われるも止まってはくれない。


汚い嗚咽と共に涙が次から次へと溢れてくる。



弘翔にそんな顔をさせたいわけでも、弘翔の仕事のせいにしたいわけでもない。


仕方なかったんだ。どうにもならない。
偶然、心底愛してしまった男が極道だった。



ただそれだけのことなのに。



涙も、嗚咽も止まりそうにない。
顔もぐしゃぐしゃだ。





「美紅を好きになったことに何一つ後悔なんてない。だが、同じように、極道で在ることを後悔なんてできないんだ」



情けない男で、すまない。





「どの選択が正しいのかなんてわからない。これからどうなるのかもわからない。美紅のことを傷つけることになるかもしれない」



それでも




「約束する。何があっても一生好きでいる。一生懸けて、大事にする」





「…………。」





「美紅と生涯を共にする権利が欲しい。何年かかるかわからないが…その日まで、俺の隣に居てください」






あまりにも驚くと、人は本気で言葉を失うらしい。


集中して弘翔の言葉に耳を預けていたら、いつの間にか涙は止まっていた。




お互い無言の時間がしばらく続いたけど…痺れを切らしたらしい弘翔が『返事は?』と拗ねたように言うので緊張の糸が切れた。




「それって……プロポーズ…?」




「…………。」




「…………。」





「んー…予約、かな」



本当のプロポーズは、全てが解決してから改めてカッコつけさせてくれ。




そう続けた弘翔の言葉に小さく頷く。



私の両親のことも、弘翔の仕事のことも、何も解決していない。


これからどうなるかなんてわからない。なんの保証もない。



もしかしたら、何年経っても、籍を入れることは叶わないのかもしれない。


また悩むことになるし、いっぱい泣くことになるのかもしれない。




それでも、




「私も…弘翔のこと、愛してるよ」



この人と一緒に生きていきたい。




敏いこの人は、返事なんかしなくてもこの言葉だけで伝わるはずだ。





一瞬だけ驚いた顔をしてから、破顔した弘翔。





そのまま、今度は有無を言わさずにお姫様抱っこをされ、家まで連行された。



< 191 / 231 >

この作品をシェア

pagetop