大切なものを選ぶこと



──強く抱きしめられていた腕が緩められた。





ヤクザ…極道…




あまりにも聞き馴染みのない言葉を何度も頭の中で反芻する。







『選択肢がある』って秋庭さんもイケメンさんも言ったけど、その言葉の意味がやっと理解できた。






「一度こっちの世界に足を踏み入れたら、完全に今まで通りの生活を送るのは無理だ」





秋庭さんの不安で揺れる瞳を見て思う。





この人は、私に気持ちを伝えるのにどれだけ悩んでくれたんだろう。





ヤクザという立場に居ながら、どんな思いで私のことを守ってくれたんだろう。









「──俺の我儘だってのは分かってる。それでも俺は、美紅が好きだ」





真っ直ぐに強い瞳で射貫かれて、思わず息を呑んだ。






あぁ…答えなんか決まってるのに、上手い言葉が見つからない。




なんて言ったら秋庭さんの不安を拭ってあげられるのだろうか…






秋庭さんの残してくれた『選択肢』なんて必要ない。





あの時、私はその手を取らなかったことを死ぬほど後悔した。






極道の世界がどんなものかなんて知らない。




普通に生きていれば一生縁のない世界だ。






でも…秋庭さんの住む世界がそこなら、同じ世界に行きたい。




秋庭さんが見ている景色を一緒に見たい。




秋庭さんの隣に居たい。








「…秋庭さん……」





小さく言うと、緩められていた腕が完全に離れた。




それを名残惜しいと思ってしまうくらい、私は秋庭さんに溺れているんだ。










「あの時…秋庭さんに待ってほしいって言ったこと、ずっと後悔してました…。ずっと前から私の気持ちは決まってたのに…秋庭さんの優しさに甘えるのが怖かった…」





< 65 / 231 >

この作品をシェア

pagetop