大切なものを選ぶこと
──強く抱きしめられていた腕が緩められた。
ヤクザ…極道…
あまりにも聞き馴染みのない言葉を何度も頭の中で反芻する。
『選択肢がある』って秋庭さんもイケメンさんも言ったけど、その言葉の意味がやっと理解できた。
「一度こっちの世界に足を踏み入れたら、完全に今まで通りの生活を送るのは無理だ」
秋庭さんの不安で揺れる瞳を見て思う。
この人は、私に気持ちを伝えるのにどれだけ悩んでくれたんだろう。
ヤクザという立場に居ながら、どんな思いで私のことを守ってくれたんだろう。
「──俺の我儘だってのは分かってる。それでも俺は、美紅が好きだ」
真っ直ぐに強い瞳で射貫かれて、思わず息を呑んだ。
あぁ…答えなんか決まってるのに、上手い言葉が見つからない。
なんて言ったら秋庭さんの不安を拭ってあげられるのだろうか…
秋庭さんの残してくれた『選択肢』なんて必要ない。
あの時、私はその手を取らなかったことを死ぬほど後悔した。
極道の世界がどんなものかなんて知らない。
普通に生きていれば一生縁のない世界だ。
でも…秋庭さんの住む世界がそこなら、同じ世界に行きたい。
秋庭さんが見ている景色を一緒に見たい。
秋庭さんの隣に居たい。
「…秋庭さん……」
小さく言うと、緩められていた腕が完全に離れた。
それを名残惜しいと思ってしまうくらい、私は秋庭さんに溺れているんだ。
「あの時…秋庭さんに待ってほしいって言ったこと、ずっと後悔してました…。ずっと前から私の気持ちは決まってたのに…秋庭さんの優しさに甘えるのが怖かった…」