君のことは一ミリたりとも【完】
「おいおい、定時帰りかよ〜。俺たちは今日だって残業だっていうのに」
「有給で休まれるよりマシだろ」
俺と違って長身で銀フレームの眼鏡を掛けた竹村は存在感があり、正直影だけで誰だか分かってしまう。
すると竹村との会話を聞いていた加奈ちゃんが「そんなこと言わないでください!」と、
「爽太先輩は最近家にすら帰ってなかったんですよ!? 定時で帰るのなんか何日振りか」
「そうだそうだ」
「お前な、後輩変な手懐け方すんのやめろよ」
「単純に俺の性格がいいからでしょ」
そうニヒルに笑うと竹村は呆れたように溜息を吐いた。すると「ある意味な」と侮辱とも取れる言葉を零される。相変わらず同期は俺に厳しい。
社会人になって4年目になる俺は編集者になるため出版社に就職し、2年前に経済雑誌編集部へと異動になった。それからは編集者兼取材記者として働いている。
竹村は元からこの部署にいた同期で、入社式ぶりに顔を合わせた。
「高校の同窓会なんだろ? まだ2年しか一緒に働いてないけど絶対に素直で純粋な男子高校生じゃなかっただろ」
「失敬な。めちゃくちゃ青春送ってたわ」
すると隣にいた加奈ちゃんがそわそわした様子で俺に尋ねてくる。
「そのぅ……もしかして昔の彼女とか来るんですか?」
「え、どーだろ。全然連絡取ってないし」
「あ、じゃあ好きだった人とかいますか? もしかしたら久し振りに会ったらまた好きになっちゃったりして……」