雨の日の君は美しい
雨の日の出会い
「雫!起きらんかい!」

布団を剥ぎ取られ私は寒さのあまり体を丸め身震いをする。
そこには真っ青な顔をしたお祖父ちゃんがいた。

「お祖父ちゃんどうしたの?そんな真っ青な顔して。雫はまだ眠たいの...」

「今、一体何時だと思ってるんだ?!入学式だろうが?」
「入学式...入学式って一体なんの...」

私はベッドから飛び起きた。

「お祖父ちゃん、今、何時?!」
「10時だ。家の時計が壊れていたことにさっき気づいてテレビをつけたら10時と表示してあるじゃないか。それでお前を起こしにきたんだ。急いで仕度しなさい!!」
「はい!!」

私は大急ぎでパジャマを脱ぎ捨てると、今日から通う月ヶ丘高校の制服に袖をとおした。月ヶ丘高校の制服はブレザーだ。そして最後に胸元のリボンを結ぶ。何だか嬉しくて鏡の前でターンしてしまった。

(って、いけない!急がないと!!)

私の家族はお祖父ちゃんと弟の三人家族です。両親は私が幼い頃に亡くなり、それからは、母の父にあたるお祖父ちゃんが私たち姉弟を育ててくれました。両親がいないのは寂しかったけど、お祖父ちゃんがその寂しさを埋めるくらい愛情をかけて育ててくれました。お祖父ちゃんには感謝してもしきれません。うちは「月宮」という和菓子屋さんで、お祖父ちゃんは和菓子職人です。私は階段を降り1階のリビングへ向かった。うちのリビングは和室だ。というか私と弟の部屋以外は全て和室である。リビングでは弟が布団にくるまって部屋の隅に転がっていた。

「おはよう。みぃくん一体、何してるの?」
「おはよう。学校行きたくない、布団からでたくないの体勢中。お祖父ちゃんったら酷いんだよ?2階の僕の部屋から無理やり引っ張て、挙げ句のはてには階段から突き落としたんだ!あんまりだと思わない?えーん」

みぃくんこと、私の弟、月宮 湊は、私の双子の弟です。華奢で私より細いんじゃないかと思うほどです。みぃくんは秘密主義で、極度の面倒くさがりで、生気があまり感じられません。家でゴロゴロするのが大好きで、学校のない日は、いつも家にいます。みぃくんも今日から月ヶ丘高校に入学します。

「みぃくん、初日から学校に行かないのはよくな...」
「そんなことより姉ちゃん、遅刻してるんでしょ?朝、ごはん家で食べる時間がないと思ったから、僕が朝ごはんを用意しておいたよ。感謝されることはあっても、お説教される覚えはないね」

それにしても...

先程から部屋にチョコレートの匂いを充満させている、コンロの上で煮たっているチョコレートの入った赤い鍋は一体なんなのだろうか?

「じゃあ私先に出るけど、みぃくんもちゃんと学校来るんだよ?いってきます」
「姉ちゃん!朝ごはん忘れてる!!」
「あっ!そうだった!せっかく作ってくれたんだから、食べながら学校まで行くね。で、みぃくん朝ごはんは、どこに?」
「それ」

そう言ってみぃくんが指を指したのは、先程から気になっていたチョコレートの入った赤い鍋だった。

まさか...

「あの鍋を持っていくの...?」
「何言ってるの?姉ちゃんってバカなの?コンロとフォンデュ用のピックとフルーツも持っていくに決まってるでしょ?!この4つが揃ってはじめてチョコレートフォンデュになるんだよ?姉ちゃん、今フォンデュらないでいつフォンデュるつもり?」

私は深くため息をついた。弟が無理難題を言うのはいつものことだがここまでのことを言うのは、はじめてであった。

(何か深い理由があるのかもしれない...)

私は理由を知りたくて弟に問いかけた。

「なんでフォンデュらないといけないの?」
「フォンデュらないと、ラブイベントが発生しないから」
「...」
「姉ちゃんがフォンデュりながら歩いていたら、前方からすき焼きを食べながら走ってきたイケメンとぶつかる。二人は互いに一目惚れをする。このラブイベントがきっかけで、二人は付き合い、やがて結婚!という人生においての一大イベントを姉ちゃんは自分から放棄しようとしてるんだよ?!」
「そんなマンガみたいなこと現実では起きないよ...」
「えっ...だ、だよね。ごめん。無茶苦茶なこと言って。俺はただ...ただ、姉ちゃんに幸せになってほしかっただけなんだ。でもただの迷惑だったよね...」

弟は悲痛な表情を浮かべ目に涙を浮かべている。私は弟の涙にとても弱い。そしてそのことを弟は知っている。

(そんな顔をされたら...持っていくしかないじゃない!)

私は無言でチョコレートフォンデュセットを抱えると大急ぎで玄関まで走っていた。遠くでみぃくんの『いってらっしゃい』という元気な声が聞こえた。私はローファーを履くと、勢いよくドアを開け、外に飛び出した。チョコレートフォンデュしながら走る私に、通りすがりの人が好奇な眼差しを向けているのが解る。でも気にしてる余裕なんてない。私はそれから住宅街を走り抜けながら、フルーツをフォンデュり続け、住宅街を向け信号を渡ったその先に桜並木が続く1本道の坂が現れた。その坂の先が私が今日から入学する月ヶ丘高校がある。私は信号を渡ると、フォンデュするのも忘れ美しい桜に見とれながら、坂を上り、その先にある校舎へと足を進めた。

「着いた...!」

私は自宅を出てからフォンデュりながら登校するという苦行に耐えながら無事学校に着くことができ一安心した。
月ヶ丘高等学校の校舎はまるでヨーロッパのお城のようで、貴族が住んでいそうな高貴な造りをしており、とても美しい。今にもお姫さまが顔をだしそうだ。しかし学校に着いたはいいが、いくら押しても門が開かず私は途方にくれた。

「入学式、出たかったな...」

そう呟いた瞬間、空から雨が降りはじめた。私はチョコレートフォンデュが濡れないようにとしゃがんだ。が結果的に私は雨に濡れることはなかった。何故なら私の頭上には傘がさしてあったからだ。その傘は私がさしたものではない。なら一体誰が?私は顔を上げ私に傘をさしてくれた人を見ようと顔を見上げた。そこには和服姿の私と年齢が変わらないであろうそれはそれは美しい美男子が雨にうたれていた。私は一瞬で目を奪われた。

(綺麗な人...)

アーモンド形の瞳はどこまでも透き通っていてまるで汚れをしらない子供のようだ。鼻筋は高く完璧な形をしている。そして唇は薄く桜色をしている。顎まである黒髪は艶やかで所々はねている。どうやらくせっ毛らしい。手足は長く華奢で背は高い。羨ましいほどの美貌とスタイルである。雨にうたれている美男子は絵になって、ただでさえ魅力的なのにその魅力が増しているように思われた。濡れた美しい黒髪が、とても色っぽい。髪には桜がついてる。美男子は私に気づくと優しく穏やかな笑みを浮かべると「いーれて?」と傘の中に入ってきた。美男子と私は見つめあう形となり、さっきからうるさい胸の鼓動がますます激しくなった。

「これ?何?」
「え...?」
どうやら美男子は私の膝の上に乗っているチョコレートフォンデュセットを指差した。

「チョ、チョコレートフォンデュです...」

私は正直に答えてしまったことをすぐに後悔した。

(チョコレートフォンデュを学校に持ってくるなんて絶対変な人に思われた...)

私は肩をおとし俯いた。美男子は目を見開くと笑いはじめた。目に涙を浮かべながらクスクス笑う美男子。私は恥ずかしさのあまり顔が熱くなった。ひとしきり笑ったあと美男子は私に問いかけた。

「あーおっかしい。君、チョコレートフォンデュしながら登校して来たの?」

私が頷いてみせると、美男子はまたクスクスと笑いだした。私はあまりの恥ずかしさに、顔だけでなく耳まで真っ赤に染まっているのが自分でも解る。

「ごめん、ごめん。笑いすぎだね。ごめん」

美男子は少し首を傾げ両手を合わせて謝った。私は左右に首を激しく振った。私は恥ずかしさのあまり消えてなくなりたいと本気で思った。

「俺と一緒だなと思って。びっくりしたよ。俺もすき焼き食べながらここまで来たからさ」

よく見ると道端にすき焼きがこぼれ落ちている。その近くにはひっくり返ったコンロがあった。

(えっ!みぃくんの言ったとおりだ!!みぃくん一体何者?!制服着てないってことは、この学校の生徒じゃない...?)

「あの!」
「なんでしょうか?」
「あなたは月ヶ丘高校の生徒なんですか?」
「さて、どうでしょう?内緒」

そう茶目っ気たっぷりに言うと自分の唇に人差し指をあてた。私はさっきからドキドキしっぱなしなのに美男子はずっと涼しい顔をしていて、なんだか悔しい。美男子は懐から大量の苺大福をだすと至福の表情で食べはじめた。

「俺、10分おきに苺大福食べないと生きていけない体質なんだよね。これあげる。ここの苺大福が一番好きなんだ俺」

美男子は私の掌いっぱいに苺大福を乗せた。

「なんですかそれ。ふふ。生きていけない体質って。ふふ。あ!それ、うちのお祖父ちゃんが作っている苺大福です!」
「君、あの和菓子屋の子なの?」
「はい。お祖父ちゃんが作る苺大福私も大好きです」
「俺も好き。というか、やっと笑ったね」
「え?」
「君、笑った顔のほうがいいよ。かわいい」

彼に聞こえてるんじゃないかと心配になるくらい私の胸の鼓動は早くなるばかりである。彼の言葉1つで胸が締め付けられる。こんな経験は生まれてはじめてだった。

「あのさ...チョコレートフォンデュ、余ってる?俺もチョコレートフォンデュ食べたいな」
「どうぞ!好きなだけフォンデュってください!」

私はチョコレートフォンデュセットを美男子に差し出した。

「ちーがう。俺は君と一緒に食べたいんだよ?」
「さ...先に食べてください!」
「えーそんな寂しいこと言わないで。じゃあこうしてあげよう」

すると美男子は皿に乗っている苺を掴むと鍋にいれフォンデュし、その苺を私の唇にあてた。私を見つめる美男子はいたずらっ子のように笑っている。子供のような無邪気さだ。

「口開けて?」
「え?」
「はーやく」

私は顔を上げると戸惑いながらも彼に言われるがまま口を開けると彼は私の口の中へ運んだ。不思議なことにさっき1人で食べた時よりもいや今まで食べたなかで1番甘い苺だった。

「ついてる」

美男子は私の唇の横についたチョコレートを人差し指で拭うと舌をだしてその指を舐めた。

「どうしたの?顔、苺よりも真っ赤だよ?大丈夫?」
「だ...大丈夫です」
「じゃあ今度は俺の番だね」

美男子は私の手を掴むとピックを握り苺をフォンデュし自分の口へ運んだ。握られた手が熱くて仕方なかった。彼の手の温度がいつまでも私の手に残っている。

「君、この学校の新入生?」
「はい」
「そっか。入学式に出れなかったのは残念だね。でも気にすることないよ。入学式よりも雨の音を聞きながら傘のなか、チョコレートフォンデュするほうが有意義だ」

美男子は苺を一口で食べた。苺ちゃんとはどうやら私のことらしい。

「苺ちゃんは雨、好き?」
「え?雨ですか?好きです。落ち着くから。あなたは?」
「俺?俺は...苦手かな」

消え入りそうな声でそう言った彼の横顔はどこか寂しそうだった。それが気になった。

「さてと。チョコレートフォンデュもいただいたし、帰るとするか。しぃちゃんに怒られそうだな。でも仕方ないよ。だって帰りたいんだもん。それに学校にも、もう飽きたし...なーんて。傘、使ってね。それと外は冷えるから早く校舎にはいったほうがいいよ。じゃあね、ごちそうさま。バイバイ、苺ちゃん」

そう告げると美男子は私に手を振り傘からでていくと、雨にうたれながら坂を下りはじめた。私が彼を追いかけようとしたその時、風が吹き桜が舞った。あまりの強風に私は一瞬目を閉じた。傘が壊れてしまうかもと心配になった私は咄嗟に傘を閉じた。そして、風が過ぎ去った時には、彼の姿は消えどこにもなかった。私は傘をさすのも忘れ、雨にうたれながらずっとその場に立っていた。















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