泣けない少女
しかしその日を堺に優里の生活は一変した。ひとたび電車に乗れば閉塞感が襲いかかり呼吸が浅くなる。レジに並んでいる時も今にも倒れそうな程恐怖が腹の底から這い上がってくる。レストランに食事に行けば人の話し声が嫌に耳に障り、その場から逃げ出したくなった。時にはあの日のように倒れたり、全速力で家に逃げ戻ったりもした。

おかしい。自分の身に何が起こっているのか。最初は心配していた夫も徐々に冷たくなっていった。まだ立てる様になったばかりの優愛はそんな事わかるはずもない。

明日、病院に行ってみよう。そう決意し布団に入る。しかし寝れない。近頃全く眠れず、不眠症に陥っていた。そして明日1人で病院に行く不安と、何に対するものかわからない恐怖が重くのしかかり震える。

…最近、夫との時間が減ったように思える。仕事のない休みの日は友人と釣りやスケボーに行き日々を満喫している。それと反比例するかのように家で会話する事が少なくなっていった。

それに悲しみと寂しさを覚えながら、1人誰にも知られることなく涙を流す。これが最近の優里の日常と化していた。

翌日、震える手足と脈打つ心臓を必死に押さえつけながら出向いたのは、家から程近い場所にある内科の病院。決死の覚悟で受診したにも関わらず、結果は異常なし。しかし代わりに勧められたのが、精神病院だった。

「赤石病院への紹介状を書いておくので、それを持って受診して下さい。絶対ですよ?」

何故自分が精神科にかからなければならないのか。この時優里は自分は『異常者』だと言われている気がしてとてつもない悲しみを抱いた。それは当時根強く残っていた精神患者というものへの偏見と差別故だった。

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「うつ病、そしてパニック障害ですね」

「パニック障害?」

「ええ。いきなり過呼吸に陥ったり、逃げ場のない場所……例えば電車や車、エレベーター等に乗った時錯乱状態になる病気です。そして過呼吸や倒れるといった症状は総じてパニック発作と呼ばれています。この時患者は死ぬかもしれない恐怖に陥りますが、この発作で死ぬ事はないので安心してください」

…何が安心してくださいだ。そんな事は実際になったことが無いから言えるのだ。またなったらどうしようという不安と恐れ、なった時の苦しさは本人にしかわからない。

「薬を出しておくので、また2週間後来てください」

初診ということもあり、合計して4000円という高い受診費と薬代を払いその場を後にする。しかし薬が終わってもこの病院を再診する事は二度となかった。
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