軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
皇妃となる女の部屋に無遠慮に入ってこられるのは、ひとりしかいない。この宮殿の主であるアドルフ皇帝、ただひとりだ。

シーラは慌てて立ち上がるとオロオロとしてから、教わったばかりの宮廷式挨拶をして見せる。

「ご、ごきげんよう。皇帝陛下」

ギクシャクとした動きでスカートの裾をつまみ、膝を曲げた。自分でも様にならないと分かっているが、アドルフに呆れたような溜息を吐かれてしまうと悲しくなってしまう。

「これからお前はここで暮らし、徹底的な皇妃教育を受けてもらう。紹介する、お前の身の回りの世話をする者と女官長、それから各教科の教師だ」

その言葉を合図に、部屋にぞろぞろと人が入ってきた。どの人物も皆、高級そうなフロックやドレスを着ていかめしい顔をしている。そして口々に自己紹介を始めた。

シーラは、すでにこの時点で混乱している。生まれてこの方、一度にこんな大勢の人と話したことなどないのだ。初めて耳にする肩書も、何曜日に何時間仕えるのかも、長い名前も、ましてや領地や親の説明などされても、ちっとも頭に入っていかない。

そしてようやく全員の紹介が終わるとアドルフは革表紙の予定表をシーラに手渡し、「あとは女官長が説明してくれる」と言い残して、部屋を出ていこうとした。

「あ、あの……っ」

踵を返したアドルフの腕を、シーラは慌てて掴む。

アドルフも周りの者も驚いた表情を浮かべたが、彼はすこし考えてから他の者を全員下がらせた。

部屋にふたりだけになり、扉が閉まると途端に沈黙が重く感じられる。

「なんだ」

低く威圧的な声にシーラは一瞬身体を竦ませたが、勇気を出して顔を上げた。

「か、帰りたい……です。ここはもう嫌です」
 
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