軍人皇帝の幼妻育成~貴方色に染められて~
 
だからシーラは、自分がワールベーク帝国の皇妃になるのだと告げられても、豪華な馬車やら船に乗せられ目の回るような旅をしたあげく、フリルが沢山ついた色鮮やかなドレスを着せられ、だだっ広く豪奢な部屋に放り込まれても、ちっとも、これっぽっちも嬉しくなかった。

穏やかで平和な生活が明日も続けばいい。そう思っていたシーラにとって、強引に望まない場所に連れてこられたことは、たとえどんなに贅を尽くそうとも『さらわれた』ことに変わりないのだ。

「帰りたいなあ……」

ぽつりと呟くと、ソファーの上で寝ていたクーシーがピクリと耳を動かし、起き上がってシーラの隣まで来てくれた。寄り添って身を伏せたクーシーの身体を撫でて、シーラは少しだけ安心する。

さらわれはしたものの、クーシーも一緒に連れてきてもらえたのは本当に良かったと思う。しかも外の狩猟犬小屋に入れられそうになったのを、一緒じゃなきゃ嫌だと懇願して、特別に部屋で飼うことを許してもらったのだ。

今までは小さな家にふたりと一匹で暮らしていたのだ。いきなりこんな広い部屋にひとりぼっちにされてしまったら、寂しくて死んでしまったかも知れない。

クーシーが側にいてくれて助かったと、シーラは毛足の長い身体をぎゅっと抱きしめた。

もっとも。綺麗な生地の貼られたソファーに恐縮してしまい、床に座っていたシーラと違って、ソファーだろうがベッドだろうが主人より先に堪能して満足そうに眠っていたクーシーの方は、この生活に不満がなさそうだけれど。

ふぅっと溜息をついたとき、部屋の扉がノックされ返事を待たずに開かれた。

不躾に部屋に入ってきた男は床に座り込んでいるシーラを見て顔をしかめる。

「どうして地べたに座り込んでいるんだ」
 
< 10 / 166 >

この作品をシェア

pagetop